【blog/映画レビュー】続 “君の名は。”? “天気の子”レビュー

blog

この記事を読むのに必要な時間は約 8 分26秒です。

【blog/映画レビュー】続 “君の名は。”? “天気の子”レビュー

「君の名は。」と「天気の子」

“君の名は。”の新海誠監督の新作である”天気の子”、公開初日に見てきました。

謎の封切り前レビュー含め下馬評では既に色々言われていますが、「君の名は。」にはまった人であれば、恐らく普通に楽しめる映画です。

「君の名は面白かったしなー、見てみるか!」程度で見に行ったとしても、「君の名は。」で描かれた世界の雰囲気自体が好きだったのであれば、見終わって映画館を出るときに「金返せバカヤロー!」になることはまずないでしょう。

「君の名は。」では時空の歪みに翻弄されるかのようななし崩し展開の中で、「天気の子」では一難去ってまた一難の大荒れ展開の中で、それぞれ主人公がその結末=最後の別れにつながる「切ないエンド」をわかりやすく止めに行くという共通項があります。

つまり、続編ではない別の映画として作られてはいても、抑えるべきところは抑えてあるんですね。

仮に「君の名は。」を100点とすると、「天気の子」は大体75点~80点くらいの作品じゃないかというような感想を持ちました。

邦画史に残るレベルの大ヒットを飛ばした前作を超えることはさすがになかったとしても、これはこれで十分面白かったというのが正直なところです。

 

天気の子・ネタバレ含みレビュー

船旅から繁華街の雑踏へ

家出高校生・帆高が、田舎の島からの船旅の後、都会の真っ只中に迷い込むところから物語は始まります。

作品冒頭の船旅中、帆高は同じ船に乗船していて、やがて一時のビジネスパートナーとなる須賀圭介と出会います。まずは突如大雨が降りだした船上にて、海に落ちてしまいそうになった帆高を圭介が救うことで二人の出会いが成立するのですが、この場面についてはいまいちわかりづらいところがありました。

なんでわざわざ船旅での大雨のアナウンスの中、好き好んで一人デッキに雨を浴びに出ていったのか(挙句、海に転落しそうになったのか)、という部分ですね。

映画の冒頭部分にあった、物語の展開や顛末を示唆するようなナレーションの内容と何か関係がある行動なのかなとは思ったのですが、見ていてうまくセリフを拾えなかったためか、何かその部分は有耶無耶に進んでしまいました。

後から振り返ってみれば、突飛な行動そのものが多難な展開を暗示しているとも取れる、実に示唆に富むシーンではあるのですが、それはあくまで後付けの感想です。結局のところなにを求めての突飛な行動だったのか、その目的というよりは結果(海に落ちそうになったところを圭介に救われた)の部分が強く印象に残ったシーンとなりました。

 

クレーマー客再び?

ところで、零細出版社を経営する40代の(妻とは死別した)独身男性だという設定の圭介、初見時の個人的な印象は、失礼ながらまんま「『君の名は。』の瀧のバイト先で、瀧と入れ替わった三葉と働く奥寺先輩のスカートを切ったクレーマー客」でした(注・実際には別人です)。

いくら尤もらしい理由があったところで、16歳の家出高校生に無理やりご飯をおごってもらうという展開はさすがに胡散臭く、結果的に楊枝でただ飯を食べたならず者というあの場面が一気によみがえってしまったんですよね。

果たしてこの男が「天気の子」世界ではどんなきっかけからイタリア料理店に食事に行き、どんなタイミングで頼んだ料理に楊枝を入れ、どんなやり取りの後に”三葉”瀧にクレームを入れ、挙句奥寺先輩のスカートを切るのだろうか、全ては初めから意図した行動だったのか、それとも突発的な犯行だったのか等々、といったあたりが個人的には最初の注目ポイントでした。

実際には圭介と「かの人物」は全くの別人だったのですが、顔つきや声色の他雰囲気もそれとなく「ただ飯客」に似ているというアウトロー風の外見に反して、実はいい奴だったという描写と共に話が進んでいきます。

嵐の中、船上に出ていった帆高が海に転落しそうになるところを圭介に救われるといった出来事を通じて食事を共にし二人が会話を交わす、この出会いによって、後に帆高は都会に居場所を得ることになります。

 

東京描写と最初の試練

いざ船を降りて大都会のど真ん中に出てみると、そこは帆高にとってはひたすら殺伐とした世界でした。船で知り合った圭介以外の知り合いはいない、居場所もない、職も見つからないと、上陸早々詰んでしまうわけですが、ただ詰んでしまうだけでなく、色々厄介な話にもまきこまれていきます。

ひたすら眩しく描かれた「君の名は。」世界の東京に対して、人工的なドライさや殺伐とした面が強調されているのが「天気の子」世界の東京描写です。

あれも東京ならこれもまた東京、といった感じですね。

行くあてがないままに寝泊まりしていたネカフェの個室での食事時、帆高がカップラーメンの蓋として使っている本が常に”The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)”だったりするあたりから、まずは帆高は自分の故郷から抜け出したい一心であったことが暗示されます。

今の自分を取り巻くろくでもない世界から一刻も早く抜け出したいと、そんな心境だったのでしょう。

そんな気持ちと共に故郷を飛び出してたどり着いた東京が実に殺伐としていたというあたり、何かやるせない気分になってきますが、洋書を邦訳版ではなく原書で持っているというあたり、「中身はわからない、単なるお守り」とかじゃないのであれば、元々ある程度しっかり勉強をしていた生徒だったのでしょう。

「君の名は。」との対比からであれば、明暗のコントラストが中々鮮明な、微妙に不安感をあおられる物語の幕開けとなります。

 

ひとときの安定と「晴れ女」

物語開始早々、都会の雑踏の中で完全に詰んでしまった主人公・帆高くんは、万策尽きる形で船旅で知り合った圭介にアポイントを取ります。

まずは居場所共々仕事を探さなければどうにもならないということで、藁をもつかむ形で東京での唯一の知人・圭介に連絡を入れるのですが、そこで得た仕事は、まさに願ったりの住み込みの仕事(ライター稼業)でした。

正式採用後の早速の取材では「晴れ女を探せ」との指令の下、パートナーとなった女子大生・夏美と共に、それっぽい場所を探して回ります。

田舎からノープランで都会に抜け出してきた帆高でしたが、寝床がネカフェから圭介の事務所となって以降、居つける場所と仕事が見つかったという安ど感と共に、割と健全でテンポのいい毎日がはじまります。

 

「晴れ女」との出会い、「君の名は」との接点

“雇われライター”帆高の取材ターゲットとなった「晴れ女」とは、自らの意思で天気を操ることが出来るという特殊能力持ち女性のことですが、「天気の子」世界ではヒロイン陽菜のことです。

図らずもお互いの素性を知りあってしまうというイレギュラーなイベントを通し、帆高・陽菜の距離が一気に詰まると、二人は陽菜の家を拠点として「晴れ女=陽菜の特殊能力を利用し、晴れ間を作り出すこと」を商売としていくようになりますが、以降の帆高は、陽菜との「晴れ女」仕事、圭介・夏美との「ライター稼業」を兼業します。

向こう見ずに田舎を飛び出してきた根性も、ポテンシャル共々伊達ではなかったのですね。

作中ひとときの順風満帆な毎日の中、帆高・陽菜の下にも一時の幸せが訪れるのですが、帆高と瀧、帆高と三葉の出会いの時もこの時期に訪れます。

見覚えのある制服姿の瀧が登場してから、「店員」三葉の登場に至るまでは、割と一気です。

瀧が帆高の相談に乗った時は三葉のことを思いながら、三葉のお店で三葉が帆高に返答したときは瀧のことを思いながら、それぞれ帆高に回答しているようにも思えてくるのですが、瀧・三葉それぞれの気持ちは、その時点で残る緩い「結び」に誘発される刺激を受けるのみで終わります。

「君の名は。」世界の時期的には瀧と三葉の再会前にあたるため、彗星が衝突した後、瀧が高校2年生か3年生、三葉が大学2年生か3年生、坂の上での再会の何年か前の話しだということになりそうです。

物足りないといえば物足りなくもありましたが、「君の名は。」にハマった人間からすれば、中々粋に感じたゲスト出演でもありました。

 

代償=人柱からの大荒れの結末へ

風俗店のスカウトのような男から陽菜を連れ出そうとした流れで、拾った銃を撃ってしまった帆高、「晴れ女」としての能力を酷使した陽菜、それぞれに審判が下されるといったラストに向かう展開は、つかの間の幸せの後に始まります。

「天気=晴れ間を自在に操ることが出来る」能力を駆使することの代償は、自らが身代わりになることだったということで、帆高、弟の凪と共に楽しい一夜を過ごした後、まずは陽菜があっさり逝ってしまいます。

「人柱」となった陽菜を失うことと引き換えで、世界は好天を取り戻すのですが、既に「お尋ね者」となっていた帆高にも「かつて」(東京上陸直後)の禊が要求されます。警察と帆高の「逃げて、捕まって、また逃げて」という追いかけっこが始まるのですが、このフェーズで足を引っ張るのが「大人である」圭介です。

器が大きく、酸いも甘いも嚙み分けた大人として描かれていた圭介が、突如として「あんた、何やってんだよ」って感じの立ち回りをはじめるのですが、反対に、ここで活躍するのが圭介の姪、圭介の女子大生アシスタント(記者)である夏美です。

逃走中の帆高の前に原付で颯爽と現れ、帆高を拾ってパトカー相手のカーチェイスを繰り広げる夏美は「陽菜に晴れ女をやらせたのは自分だ、自分が陽菜に晴れ女をやらせたから陽菜がいなくなっちゃったんだ」という自責の念に支配された帆高の気持ちに、そっくりそのまま共鳴するわけです。

このシーン、かっこいいといえばかっこいいし、名場面特有の疾走感もあるのですが、恐らくは世間一般の良識を背負わされたのであろう圭介の言動と、感情がそのまま行動へと突き抜けていく夏美の言動が一本化されていないことから、鑑賞者目線だと「理」と「情」の葛藤を抱えたままのシーンとなって、どこかに煮え切らない「何か」がついて回ります。

全てが何の迷いもなく突き抜け切って進むのではなく、かといって一切を諦めた上で結論を見出しにかかるのでもないという、強いて言うなら、「話を一筋縄では進ませない何か」がアクセントになっていくんです。

色々とカオスな空気は、最終的には帆高が消えてしまった陽菜をもといた自分たちの世界へと連れ戻すことで収れんします。その後の展開はエピローグで語られるところとなりますが、結論として帆高が陽菜を連れ戻した後、大暴れした全員が全員、きちんと社会的なというか法的な制裁を受けることになりました。

力づくで得た結論を基にして理と情が融合していくという流れ、終わり良ければ総て良しという奴ですね。

 

エピローグとエンディング

エピローグは、帆高の高校卒業に時を合わせる形ではじまります。

高校卒業後の大学入学という社会的な名分を持っての再びの上京では、住処探しからバイト探しに至るまで、家出上京時がうそのようなイージーモードで話が進むのですが、坂の上で待つ陽菜のところに駆け寄っていく帆高というラストシーンには、「いい映画だったなー」というライトな感動を与えられました。

出会いと再会によってそれぞれの人生の一面が確定してしまったかのような瀧・三葉の関係に対して、「まだまだこれから、いよいよこれから」といった帆高・陽菜という感じの爽やかさも魅力だったのですが、冒頭からエピローグに至るまで様々なところに好対照なポイントがあるので、「君の名は。」にはまった人であれば「天気の子」世界をより楽しむことが出来るでしょう。

横浜出身・在住。現在、主に横浜(みなとみらい線沿線中心)の街歩きガイド記事を書いています。鎌倉・江ノ電沿線街歩きや箱根エリアの他国内小旅行記事をはじめ、その他の話題もボチボチ。サイトへのご意見・ご感想等々は、お手数ですがPCからお願いします。

けんいちをフォローする
blog
けんいちをフォローする
みなとみらい線沿線街歩き + 小旅行&Indoor Life
タイトルとURLをコピーしました