【鎌倉・湘南街歩き/鎌倉三十三観音】長谷寺

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【鎌倉・湘南街歩き/鎌倉三十三観音】長谷寺

鎌倉有数の古刹である長谷寺は、江ノ電で鎌倉駅から3駅目、長谷駅から徒歩圏内です。

同じ長谷駅の徒歩圏内には鎌倉の大仏もありますが、長谷寺は長谷駅から「大仏」までの道中に位置します。

長谷寺は天平8年(736年)、聖武天皇の時代(奈良時代)に創建されました。

お寺の見どころとしては、源頼朝が自身の厄除けのために建立したといわれる阿弥陀堂や、初代が鎌倉時代(文永元年=1264年)に鋳造された鐘楼(しょうろう、鐘を置くための施設)、室町時代(応永19年=1412年)の作品である大黒堂などの他、弘法大使が参籠(さんろう=山ごもりすること)したと伝わる弁天窟、自ら刻んだ像が収められた弁天堂などが挙げられます。

北鎌倉の明月院と並ぶアジサイの名所として有名な長谷寺ですが、公式サイトによると、お寺がアジサイの名所となったのは平成の初め以降のことのようです。

現在は明月院同様、アジサイシーズンの長谷寺は連日大混雑となっていますが、アジサイに限らず様々な花が咲いているのも境内の特徴です。

サイトでは「鎌倉の西方極楽浄土」(西方極楽浄土=阿弥陀如来がいるとされる、西の方角にある仏教の世界の聖域)と紹介されています。

 

“あじさい路”への長谷寺境内

公式サイトで眺望散策路とされている道があじさい路で、長谷寺の名物”あじさいエリア”にあたりますが、入場門からあじさい路までは少し距離があります。

長谷寺は明月院に比べて境内が広く、その分見どころも多いのですが、あじさい路までの道すがら、苔むした庭園内には良縁地蔵が置かれています。境内に三か所あるようです。

長谷観音とも呼ばれる長谷寺は、元々水子供養でも有名なお寺です。

そんな背景もあってか、幸運を意味する「卍」の名がつけられた卍池傍にも地蔵堂がある他、境内にもとにかくお地蔵さんがたくさん置かれています。

「あじさい」に入る前の時点でこれでもかとばかりの数のお地蔵さんを目にすることとなるので、その数に圧倒されてしまうという面と、摩訶不思議なパワースポット感に満たされたように感じる面と、正直半々くらいに感じたりもしますが、ここで供養された水子さんであれば、きっと天国に行って幸せにやれることでしょう。

順路沿い、地蔵堂のそばには、源頼朝が自身の厄除けのために作ったといわれる、阿弥陀如来が置かれた阿弥陀堂があります。

阿弥陀如来の隣は、長谷寺の本尊である長谷観音が置かれた観音堂です。

創建は736年(天平8年)ですが、現在の観音堂は関東大震災からの復興と、その後の再建を経て、昭和末期に建てられたものだとのこと。

撮影禁止の堂内には観音様が祀られている他、観音ミュージアムへの入り口もあります。

長谷寺境内にはお線香をあげることが出来る場所が何か所かありますが、観音堂前もそのうちの一か所です。

(-人-)

 

長谷寺・見晴台

観音堂や観音ミュージアムのすぐ隣は見晴台で、由比ガ浜や材木座海岸の先にある、逗子マリーナ葉山マリーナ森戸海岸海岸線が一望できます

 

 

長谷寺”あじさい路”

あじさい路の入り口は、相模湾や三浦半島を臨める見晴台の傍にあります。

見晴らし台からさらに斜面を上る形で通されているあじさい路を前にして、モミジの木々。

開門から一時間と少しが経過した、9時過ぎのあじさい路。これでもまだ空いている方ではあるのですが、それでも人の流れが途切れず続きます。

例年通り、色とりどりのアジサイが咲いています。

明月院であれば「手の届く距離で咲き誇るアジサイ」が印象的ですが、長谷寺の場合、視界の切れ目まで延々と咲き乱れるアジサイが「アジサイ寺らしさ」を伝えてきます。

遊歩道の高低差によって奥にアジサイが広がる感じは、明月院と好対照をなしています。

“明月院ブルー”主体の明月院に対して、色とりどりの長谷寺という相違も、双方の「らしさ」です。

あじさい路のクライマックスは、やはり最上部に来た時に臨める風景。

由比ガ浜が一望できる景観、左奥の砂浜が由比ガ浜で、

アジサイの奥に位置する、手前の住宅街は鎌倉の街並みです。

 

経蔵

観音堂や観音ミュージアムのすぐとなりには、中に一面のマニ車が備え付けられた経蔵があります。壁に埋め込まれた滑車のようなものがマニ車です。

マニ車は主にチベット仏教で使われる仏具ですが、マニ車の中には漢文とサンスクリット語で書かれた般若心経が収められているようです。

“マニ車”を回転させることで、その経典を唱えるのと同じ功徳があるといわれています。

毎日回すことが出来る”マニ車”に対して、特定の日のみ回すことが出来る、蔵の中央に置かれた書架は輪蔵と呼ばれます。

 

弁天窟

その昔、弘法大使が参籠したといわれる弁天窟です。

長谷寺は、聖武天皇の時代に勅願所として定められたことにその起源があります。ちなみに勅願所とは、時の天皇陛下によって作られた、国の安泰を祈念するための場のことです。

鎌倉・室町期メインの鎌倉のお寺にあって、珍しく奈良時代以来の由緒を持つお寺でもあるのですが、その由緒の一つにあたるのがこの弁天窟です。

弁天窟内には宇賀神(人の頭と蛇の体を持つという、民間信仰の神)が祀られている他、窟の名前にも付されている弁財天が祀られています。

道が狭く、天井も低い弁天窟内には、

弁財天を奉納できるスペースも設けられています。

弁天窟・出口です。

 

書院と枯山水

長谷寺の書院は、現在自由に写経が出来る場となっていますが、ここで一般の参拝者が写経した用紙が、前記した観音堂傍にある経蔵に収められているようです。

書院には、枯山水の庭園があります。

写経はこの奥にある書院で、一般にも開かれる形で行われています。

 

なごみ地蔵

順路に沿って境内を散策した場合の終点付近では、なごみ地蔵が出迎えてくれます。

混雑時には撮影待ちの列が出来たりもする、中々の人気者です。

 

アクセス

開園情報

施設名 開園日・開園時間 入場料
長谷寺・拝観料 3月~9月:8時~17時
(閉山は17時30分)10月~2月:8時~16時30分
(閉山は17時)
大人400円

小学生200円

写経・受付時間 9時~15時 用紙代として1200円

 

アクセス

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