【横浜観光とイメージBGM】西洋館めぐりのお勧めBGM -モーツァルトのバイオリンソナタ-

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【横浜観光とイメージBGM】西洋館めぐりのお勧めBGM -モーツァルトのバイオリンソナタ-

街歩きのお勧めBGMとは

仮にBGMありで街を歩くなら、言うまでも無く、自分の好きな曲を自分の気分で選ぶのが一番ですが、ここでは「こんなイメージのこの場所に、こんな風に聞こえてくるこんな曲が合いそう!」というところから、今回は”横浜山手の西洋館めぐりで、気分を高めてくれそうな曲”をまとめてみました(以下、モーツァルトと楽曲に関する部分について、参考:Mozart con graziaピアノとヴァイオリンのためのソナタ“)。

 

西洋館のお勧めBGMとしてのモーツァルト・ヴァイオリンソナタ

ソナタは楽器を使って演奏する曲で、歌う曲=カンタータとは別の狙いをもって作られています。

人が歌うための曲がカンタータ(交声曲)なら、楽器が歌うための曲がソナタ(奏鳴曲)だということですね。

“ヴァイオリンソナタ”は元々はヴァイオリンのための器楽曲として作られていたのですが、モーツァルトの時代には、ヴァイオリンとピアノの二重奏が一般的な形態となっていたようで、”ピアノとヴァイオリンのためのソナタ”とも呼ばれているようです。

 

ヴァイオリン・ソナタ 第30番 ニ長調 K.306(300l)

Bartje Bartmansチャンネルより)

曲の背景

ヴァイオリン・ソナタ第30番は、1778年に、パリで作曲されました。

当時のドイツ(神聖ローマ帝国の末期です)の文化活動の中心地であったマンハイムにて、プファルツ選帝侯妃マリア・エリーザベトに献上するために作られた曲のうちの一曲(3つの楽章からなります)であることから、プファルツソナタ、あるいはマンハイムソナタとも呼ばれているようです。

正確には、マンハイムでの経験に基づいてパリで作曲された曲だということのようですが、ヴァイオリンソナタではなく”マンハイムソナタ”と呼ぶ場合、この曲は6番にあたります。

 

時代背景

ちなみに、モーツァルト在りし日のドイツは、現在のドイツ連邦共和国がまだ神聖ローマ帝国(962年~1806年)と呼ばれていた時代の末期に該当します。

後述するプファルツ継承戦争(1688~97年)後の復興が進んだ時代で、隣国に目を向けると、絶対王政全盛期の専制君主、”太陽王”ことルイ14世(在位1643~1715)の後を受けたルイ15世(在位1715~74年)、ルイ16世(在位1774~92年)がフランス王国(現在のフランス共和国)を統治していた時代でもありました。

この時代の神聖ローマ帝国(現在のドイツ連邦共和国)の実態はといえば、”最後の宗教戦争”である30年戦争(1618~48年)後に結ばれた講和条約(ウエストファリア条約)によって、領邦の主権・外交権が認められるなど”帝国”の結束が骨抜きとなった上、ローマ教会(カトリック)の守護者であったはずの”帝国”領内で信仰の自由が認められるなど、フランク王国のカール大帝やザクセン朝のオットー1世以来の伝統に基づいた理念は実を失い、やがて訪れることになるであろう、終焉の時へと向かっていました。

また、18世紀末の西欧といえば、ご存じ市民革命が始まる時代でもあります。

“宗教の時代”後に訪れた絶対王政の時代が臨界点を超えた(=これ以上既存の体制を維持し得ない状態に到達した)とき、旧体制の支配者側はそれでも旧来の統治を維持しようとし、反対に被支配者側は旧来の統治を破壊しようと試みたという、西欧社会各層がそれぞれの生き残りをかけて戦うこととなった、バトルロイヤルな紛争の時代が到来するんですね。

強いて日本史で例えるなら、中世(鎌倉・室町時代)・近世(江戸時代)の一揆がそのまま国をひっくり返し、時代を変えたというような動きに該当しますが、いわゆる明治維新とも、GHQの占領統治とも異なり、戦後の日本でしばしばいわれる(破壊活動を伴った局所的なテロ行為が自称し、あるいはイデオロギーに支配された書生論が語る)”革命”とも異なるという、西欧一流の社会現象ですよね。

ともあれ、英仏の世界規模の植民地争奪戦(第二次英仏百年戦争)に続き、隣国フランスのフランス革命(1789~99年)を震源とする革命の余波が西欧全土に及んでいくという、長らく続く近世の激動の発端(第二次英仏百年戦争の発端)となったといわれているのが、他ならぬマンハイムで起ったプファルツ継承戦争(1688~97年)でした。

プファルツ継承戦争は、”太陽王”ルイ14世がプファルツ選帝侯領の継承権を主張して起こした戦争で、フランスの領土拡張政策の一翼を担っていました(結局ルイ14世は敗退し、継承は叶わずに終わります)。

選帝侯とは神聖ローマ皇帝を選任する権利を持つ諸侯の事、諸侯は日本でいうところの大名にあたりますが、”選帝侯領”とは選帝侯が支配する領土のことです。

日本史的な比喩を用いれば、”藩領”に該当します。

プファルツ継承戦争発生によってマンハイムの街は崩壊してしまうのですが、戦後18世紀にマンハイムの復興を進めた人物こそ、他ならぬプファルツ選帝侯カール・テオドールです。

ヴァイオリン・ソナタ第30番、あるいはマンハイムソナタ6番を献上された選帝侯妃マリア・エリーザベトの夫にあたり、後にバイエルン選帝侯となる人物ですね。

プファルツ選帝侯カール・テオドールによる再興がマンハイムを音楽・芸術の中心地に成長させるのですが、モーツァルトが故郷であるザルツブルグを離れてマンハイムを訪れたのは、そんな時代のことでした。

当時のモーツァルトにとって、マンハイムの街はさぞや眩しく見えたことでしょう。

カール・テオドールがバイエルン選帝侯となった後のマンハイムの街は、残念ながらフランス革命の影響を受ける形で再び荒廃してしまうのですが、戦乱続きの近世にあって、モーツァルトが滞在した時代のマンハイムが”ひと時の輝き”を放っていたのだともいえそうです(フランス革命後、マンハイムの街は再び復興します)。

モーツァルトのマンハイムでの日々は、良き刺激と共に良き出会いにも恵まれたようで、”マンハイムソナタ”自体が夢と希望の中で作られた曲だったようです。時代背景と共にモーツァルトの私情を含めて曲を解釈するなら、天才の本気が垣間見えてくるような曲でもありそうですね。

 

イメージ

ヴァイオリンソナタ30番、あるいはマンハイムソナタ6番は、特に第一楽章が絶品です。

出だし10秒程度の曲調でガッチリ聴くものの心を掴んだ上で7分を超える曲が始まるのですが、最後まで聴き手の期待と想像を(いい意味で)裏切り続ける曲構成を持っているんですね。

アップテンポの華やかな雰囲気を持っていて、聴きはじめた瞬間に「あ、この曲当たり曲だわ」とわかる類のキャッチーな曲なので、その部分の魅力だけでも惹きつけられるのですが、さらに凄いのは「偶然の思い付きをなんとなくくっつけ合わせたら、たまたまこんな曲が出来ちゃいました!」ではなく、作曲したモーツァルト自身が全て把握し切った上で曲を作っているんだろうなと思える点です。

曲冒頭のフレーズはその後も繰り返し用いられるのですが、くどさはほとんど感じさせません。逆に曲に対して小気味良いテンポと飽きの来ないメリハリをもたらします。終わったと思ったら始まる、始まる度に聴かせてくれる、曲が進めば進むほど”終わり方”も華やかになる、曲のラストでいよいよそのピークを迎えるという感じで、最後まであっという間に流れていきます。

まずは出だしのフレーズで聴き手を魅了し、さらにそのまま曲の構成でも魅了するという、モーツァルトにはこういう「”つかみ”の部分で聴き手を引き付けたら、あとはこれでもかとばかりに意表をつき続けたままラストまで突っ走っている」曲が本当にたくさんにあるのですが、それでもこの曲を初めて聴いた時はホントにびっくりしました。

似たような魅力を持っている曲に、ヴァイオリンソナタの24番(Deucalion Projectチャンネル “モーツァルト ヴァイオリンソナタ第24番 ドルイアン&セル、特に第三楽章“)があります。

けんいち

横浜出身・在住。現在、横浜・みなとみらい線沿線を中心として、鎌倉・江ノ電沿線、箱根エリア、他国内街歩き・小旅行記事を書いています。サイトへのご意見・ご感想等々は、お手数ですがPCからお願いします。

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