【国内小旅行/ドライブto新潟】津南町へ

2018夏 小旅行ドライブto新潟

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【国内小旅行/ドライブto新潟】津南町へ

越後湯沢からの道すがら、清津峡へ寄り道した後は一路津南町を目指しました。

 

津南町へ

なぜ津南町を目指したのかといえば、豪雪地帯として名前を知っていたから、その豪雪地帯が豊かな自然を持っていたからだということで、夏のドライブなら自然の中を走る時間を楽しめるのではないか、そんなところへの期待が、元々の理由らしい理由でした。

かつて上越新幹線の車窓から見えた一面の緑、見渡す限りの田んぼの中をひたすらドライブしてみたい、あわよくば歩いてみたいという希望こそが今回のドライブの根底にあったので、早くも訪れる”大当たりの予感”と共に進みます。

田んぼの中をひた走りながら(注:撮影時は車停めてます)

見晴らしがよくなると、見渡す限りの田んぼ、はるか向こうには山。

具体的な目的地もなかったわけではないものの、「ドライブそのものも目的」のドライブで、一路津南町を目指しました。

 

信濃川火焔街道

いよいよ津南町に入るすぐ手前まできたあたりで、やや不安になったガソリンの残り。

丁度いいところでスタンドを見つけたので、ついでに気になった「火焔街道」の看板もチェックしてみようと、給油をお任せして橋の傍まで歩いてみました。

ちなみに信濃川火焔街道の「火焔」とは、縄文土器の形に由来するネーミングのようです。

「火焔街道」沿いの橋の袂には、二人の子供の像。

季節は夏場でも、背景の緑にそこはかとなく雪帽子がマッチしているようにも見えます。

 

津南町観光へ

写真を撮ってガスを満タンにした後で、目指したのは観光案内所

橋を渡ってから割とすぐ(直近ではなくとも遠いというほどではない距離)のところにあって、一通りこちらの希望を伝えると、スポットから道順まで、かなり親切に案内していただきました。

時間との兼ね合いもあり、津南町で見られるスポットは今回は2〜3箇所。その上で食事までできれば120点というつもりで津南町巡りがスタート!

ガイドしていただいた情報を基にスマホナビに登録したはずのスポット、あとから知ることとなったメモリ上限との関係から約半分ほど飛んでいて、コースが逆回りになってしまったなどの自業自得アクシデント(?)はあったものの、結局は走っているだけでも満足感は積み重なっていきました。

 

見玉不動尊

最初に目指すことになったのは見玉不動尊。「不動尊」のルーツは12世紀末(1186年)にあります。

平家一門が滅んだ壇ノ浦の戦い(1185年)直後に、平清盛の家臣(宮本清左衛門)が不動明王像を持ち寄ったことが始まりで、不動明王像自体は8世紀(733年)の行基の作だとのこと。

ちなみに行基は、奈良時代に精力的な活動を続けたことから日本全国に縁のあるお寺を多数持つ、その上聖武天皇に奈良の大仏づくりを任されたという、古代史における聖人の一人です。

見玉不動尊の周辺環境に視野を広げると、背後に控える苗場山麓ジオパークのルーツは40万年前、「火焔街道」の由来となった火焔土器の時代は5000年前です。

40万年前といえば地球上にまだマンモスがたくさんいた頃、5000年前といえば世界史的にはちょうど4大文明華やかなりし頃にあたりますが、人類史の中の「古代」が新しい年代に見えてしまうという、中々壮大な自然に囲まれています。

そんな見玉不動尊の入り口は、通り沿いからもわかりやすいところに位置しています。

車を停めて境内に入ってみると、入り口部分には仁王門と二体の金剛力士像があり、その先には長い階段と「長生きの水」。

境内の中、階段の中ほどの位置にあります。

日中でも涼しい木陰の中、「水」は上方から小さな滝のように流れてきます。

見玉不動尊一流のご利益としては、眼病への霊験があらたかであるといわれています。

 

山道ドライブ

一面の緑の中を通された細い山道には、所々に幅寄せのためのスペースが作られています。

夏場を過ぎ、紅葉の季節を過ぎると一面が銀世界になるという一帯ですが、まだ緑が濃い季節。

四季を感じる以前に、昼夜で別の表情を持っていそうに見えたりもしますが、夏場の日中ではそこまでの想像が及びません。むしろドライブしているだけで気力がチャージされます。

仮に夜であれば車だったとしても色々な意味でかなりの迫力はありそうですが、日中は本当にのどか。景色が最高なら空気もおいしくて最高です。

とはいえ、昼であったとしても、上下一車線の道は走り慣れていないと中々ハードルが高く、割とドキドキのドライブが続く区間もあったりはしました。

 

じゃまくら石公園

続いてドライブコースの途上に訪れたのは、じゃまくら石公園。ここは見玉不動尊と並んで観光案内所で教えていただき、新たにコースに加えたスポットでした。

『人が住む前は大蛇が住んでいた、人が住むようになって住みづらくなった大蛇は信濃の国へ移ってしまった、移る前にその大蛇が枕にしていた石があった』という言い伝えから「蛇(じゃ)が枕(まくら)にした石」→「じゃまくら石」と命名されたようです。

じゃまくら石公園のすぐ近くでは、廃校となった小学校(津南町立中津峡小学校)跡が「かたくりの宿」という温泉宿になっているのですが、じゃまくら石公園はその「かたくりの宿」パーキングに車を停めて、徒歩で下に降りたところにあります。

この公園の傍から山の中へとハイキングコースが伸びていて、コース上には見倉橋という有名なつり橋がかかっています。

実はその見倉橋こそが、津南町観光の計画を立てた段階からぜひ訪れたいと思っていた場所で、「田んぼの中の道ドライブ」「山道ドライブ」そして「見倉橋」、この三点が今回の津南町観光の目的でした。

付近の風景も、ここから先は見倉橋に向かう森の中ですよ、といった雰囲気が高まっていきます。

ちなみにこの時、平日昼間だったためか、「かたくりの宿」から坂道を下って降りてくるとき、じゃまくら石公園の先には観光客含め特に人影は見当たりませんでした。

軽装、そして革靴という装備が気になりはしたものの、まあ、せっかく来たんだし、多少山道があったとしても、多少で済むでしょう。

なんてことを考えながら歩いていた矢先に出てきた「クマ出没注意」の看板。

知識としては持っていて、新潟県のサイトでクマ出没情報についてもチェックしていたのですが、今回はここで腰が引けてしまいました。

あとから落ち着いて情報を見直してみると、津南町よりむしろ温泉にまで浸かった清津峡付近の方がクマの出没率は高いようなのですが、結局のところ基本的な準備に心もとない部分があったことからの話し。

まぁ、熊云々以前に、そもそも山道のハイキングコースを歩くのに革靴はないですよね。自らのプランチェックの甘さが露呈した場面だったというか、ある意味引き返せてよかったのかもしれません。後からだとそんな風に思えたりもします。

見倉橋見れなかったのはかなり心残りだったんですけど、まあ、仕方ないですね。

 

津南町の風景

さてさて、そんな感じで気を取り直して、次なる目的地へ。とはいえ、目的地から目的地へと向かう、この道中も自分にとっての目的地ではあるんですよね。

夏の空いっぱいに広がる雲と、その下で日差しを受ける、一面に広がった田んぼ。道路の両側に広がった、のどかな田園風景が続きます。

この付近で車を停めて写真を撮っていると、同じように車を停めて風景写真を撮っている方がいらっしゃいました。

さりげなく車のナンバーを見てみると、なんと自分と同じ南関東からの遠征組!

なんとなく目が合ってどちらからともなく挨拶をすると「いや~、本当にきれいな景色ですね」「本当ですね、何枚撮っても飽きがこないですよ、ついつい車停めて取っちゃうんですよ」などと、想定外の会話も弾む時間となりました。

どうやら皆考えることは同じようですというか、道を急ぐのももったいないような風景の中のドライブが続きました。

 

龍ヶ窪

そしてたどり着いた、この日の津南町での最後の目的地、龍ヶ窪

龍ヶ窪は名水の源泉であり、一帯は「新潟県森林浴の森」100選にも選ばれているというハイキングコース。満遍なく歩くとそれなりに長いコースなのですが、日も暮れかかった時間帯、今回は気持ち龍ヶ窪を見るまでの行程をと考えて進みました。

入り口からブナの木が鬱蒼と茂る様子ハイキングコースは、時間帯が時間帯なので、日中よりは光が弱めになっていました。

龍ヶ窪着。一番入り口に近い部分です。

龍ヶ窪は毎分30トンの地下水が常に湧き出ていることによって作られている沼で、その水は決して濁ることがないと言われている他、案内板にも書いてあるのですが、その昔からの”龍神伝説”と共にある地でもあります。

「長い干ばつ続きで食うに困った村民が、寝ている龍の隙を見て卵を盗み出しそれを食べようとした。ところが卵の中にいた龍の子供が母親龍に助けを求めたため、それに気づいた母親龍は怒り狂って、逆に村人たちを食い殺そうとした。はじめこそ怒り心頭だった母親龍も、『せめて子供だけは助けてくれ』と懇願した村人の態度に心を打たれたことから態度を一転、干ばつによって飢えに苦しんだ村人たちのために三日三晩雨を降らせ、池を作ってあげた」

その池こそが竜ヶ窪だ、というものです。

竜ヶ窪は水質もよく、湧き水によってできた濁ることがない沼だといわれているのですが、「濁りがない」ことは、龍神伝説の中では「登場する村人たちの心の澄んだ様子」として表現されています。命がけで子供を守ったことについては村人も龍も同じだということで、「龍」的にも、村人に対して相通ずるものがあったことからのものでしょう。

この点、一帯に「濁った目論見」(?)を持ち込んでしまえば、濁ることのない湧き水についても継続した保障の限りとはならない、なんて読み方もできるにはできそうです。

郷土に根付いた「伝説」は、「大切な何か」を後世に伝えるために遺されたという性格を往々にして持ちます。このことを前提とすれば、自然の創作物である「龍ヶ窪」に対する畏怖と敬意の入り混じった気持ちこそが、後世に伝説を残したのだとはいえそうですね。

龍ヶ窪一帯は、森林浴に適した広大なブナの森に囲まれています。ブナに囲まれた歩道は、どこか昔の街道を思わせるような道になっていました。

ハイキングコースはここからさらに奥へ、ブナの原生林に囲まれたまま続きます。コース上には龍ヶ窪神社もあり、持ち帰ることが出来る湧き水もあるのですが、今回はこの辺りで引き返しました。

 

十日町方面へ

舗装された山道から、津南町の田園地帯。

山道と田んぼが混在していることがよくわかります。

やがて、ただひたすら田んぼの中を走る道へとつながりました。まっすぐ走ると柏崎へ。

名残惜しさを感じつつ、最終目的地である新潟市内へ。約4時間弱の行程となりました。

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