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【国内小旅行/ドライブto新潟】不動大橋と「八ッ場」

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【国内小旅行/ドライブto新潟】不動大橋と「八ッ場」

道の駅・八ッ場ふるさと館/不動大橋

草津から越後湯沢までの道中で通過点にあったのが、道の駅・八ッ場ふるさと館

今は無き民主党の、鳩山政権時代。時の内閣が打ち出した「コンクリートから人へ」(公共事業減・社会保障政策等の充実へ)という方針から一旦は(全国区の騒動と共に)ダム建設が中止に追い込まれたものの、その後結局ダム工事は再開され、今となっては「あの騒動は一体なんだったのか」となってしまっているという、八ッ場ダムの八ッ場です。

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あの騒動がなければ、八ッ場はいまでも「やんば」とカナを振らないと読めない難読地名のままだったでしょう。

その八ッ場ダムでは現在もダム建設工事が進められ、国交省によってなかなか魅力的な工事現場の見学ツアーが企画されたりもしていますが、八ツ場ダムの近くには不動大橋というとてつもなく大きい橋が架けられています。

 

不動大橋からの風景

不動大橋

工事は再開されたとはいえ工期が遅れたままになっているダム建設とは対照的に、不動大橋は2011年に竣工しました。

橋の長さは590メートル、向こう岸まで歩ききるのにもそれなりの時間がかかります。

少し進んだ地点からであっても、橋の向こう側ははるか遠くに感じますが、ちなみに橋の高さは86メートルです。マンションでいうなら大体27階分に該当する高さからの景観の一部には、橋の下に停められた、豆粒程度の大きさのショベルカーが見えます。

高いところが苦手気味な場合、橋上の歩行エリアを歩いていても「この端渡るべからず」な風景が橋を渡りきるまで延々続きます。「橋の上を歩いている」というよりは「空中に浮かびながら移動している」という気にさせられる部分が強かったです。

 

不動大橋周辺の眺め

遠くを眺めてみれば視界にはもう一本、山間部に、不動大橋のような(橋脚の長い)橋がトンネルに向かって伸びているのがわかります。

不動大橋は単体でも十分すごい橋なのですが、そもそもなんでそんなすごい橋が架けられているのかといえば、周辺環境にしても負けず劣らずだからだということで、周囲を見渡してみると純粋に「すごい」と思う気持ち、すごすぎて「怖い」と思う気持ち、半々くらいずつで満たされます。

そのくらい、付近一帯の自然には、誇張抜きでかなりの迫力がありますが、不動大橋上からも視認できるこの特徴のある山は、その名も「丸岩」と呼ばれる名所です。

かつて中世の頃(16世紀末)には、甲斐の国・武田家に仕えていた地方領主・真田家が、武将を駐留させていた「丸岩城」があったといわれていますが、一見絶壁のように見える丸岩への登山コースは、かつて草津道への分岐があった旧信州街道沿い(現「草津街道」)の、旧・須賀尾宿付近から始まっています。

丸岩の傍に須賀尾宿という位置関係ですね。

八ッ場付近にはまた、神話の時代からの由緒もあります。

日本武尊が東夷(蝦夷)征討時に駐屯したとされる山である王城山(おうじょうさん、みこしろやま)、創祀年が不詳とされる王城山神社がそれなのですが、一帯は自然が豊かなだけではなくて、歴史が豊かな地でもあります。

そういう一帯の一部がダム建設によって水底に沈んでしまうということも、八ッ場ダム建設反対においては根拠の一端となりました。

特に注目を浴びたのは、草津の御座之湯同様に源頼朝ゆかりの由緒を持つ川原湯温泉で、旧地の水没と新地への移転が「八ッ場」の象徴として扱われたような風潮もありました。

そのあたりの事情は、「公共」事業を考える際の難しさを提起している部分でもありますね。

 

「八ッ場」一帯から群馬・新潟県境へ

さて、そんな八ッ場一帯を過ぎた後、県道53号線から国道17号線へ抜ける区間(三国街道につながるルート)では、山の中、山の間を通された道路をひた走る区間が続きました。

八ッ場周辺にそびえる山は、菅峰、王城山、高ジョッキ、丸岩、いずれも群馬県内の名山としてカウントされている標高1000メートルを超える山、一方でその先を走る県道53号線が通過するのは、蟻川(ありがわ)岳や嵩山(たけやま)といった、それらに比べるとやや小さめの山です。

前者のスケールが大きいことはいやというほどわかりましたが、「標高が山の全てを決めるわけではない」ということも、続く県道53号線を走っているとよくわかりました。

山頂目指した登山をするわけでない、ドライブだったとしても山道は山道なんですよね。

群馬県の県道53号線の一部区間の様子(グーグルマップから)。

草津までの道中で通過した「草津街道」の一部区間と似たような、街灯なし、道幅も狭く、カーブも多い道路が続きました。

やはりこの手の道に不慣れな場合、特に曇天・荒天時や夜間の走行では、それなりに腹を据える必要がありそうな道ですね。

現在は車道として整備された道沿いに、三国峠=県境を目指しました。