【秋の箱根泊2021/その10】箱根湯本を街歩き(弥坂から湯場滝通りへ)

南関東/静岡・山梨
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箱根湯本歩き -湯本小学校跡、箱根電燈発電所跡、小田原馬車鉄道・電気鉄道湯本駅跡 –

早雲寺詣でのあと、少々箱根湯本界隈を歩いてみました。

以下は、その際目に止まったいくつかの史跡です。

弥坂沿いの風景

弥坂

弥坂やさかは、旧東海道である県道732号線=現在の箱根登山バスのバス通りから、須雲川方向に向かって通されている坂道です。

バス通り方向から進む際には緩やかな下り坂として始まっているのですが、

突き当りを向かって左に進む時に、いきなり急な下り坂となります。

この坂道は弥栄橋という道なりに作られた橋の手前で、“いかにも温泉街”という雰囲気を持つ湯場滝通りへ合流します。

湯本小学校跡

早雲寺から弥坂へと進んだ時に見つけた、湯本小学校跡です。

明治5年(1872年)、この地に近代の箱根初の学校が出来たようです。

“碑”は早雲寺から弥坂へ向かって歩いた時に、T字路になっている交差点の交差点付近に位置していますが、現在の箱根小学校はここから少し離れたところ、早雲寺の近隣にあります。

湯葉滝通り沿いの風景

湯場滝通りは温泉地・湯本のど真ん中に通された通りで、箱根湯本と湯本茶屋(町名)を結んでいます。

通り沿いやその付近には大小各種の温泉宿・ホテルやレストラン多数、通りに並走する須雲川の向こうには箱根の山々が臨めるというあたりが”ならでは”の魅力となっていますが、芦ノ湖畔や仙石原界隈、七曲り、強羅、大涌谷等々と並んで“いかにも箱根“な風情を持った一帯ですね。

湯場滝通り

湯場滝通りは前記した弥坂との合流より先、進行方向に向かって左手方向では須雲川に沿う形で延々続き、湯本茶屋のちょうど中央付近で旧東海道(県道732号線)に合流しますが、

一方で弥坂からの道なり方向では、弥栄橋を渡って国道1号線沿いまで伸びています。

今回は後者のルートを選んで進みました。

箱根電燈発電所跡

湯場滝通り沿いには”箱根ならでは”という史跡が幾つか残されていますが、そのうちの一つは、明治25(1892)年に設立されたという、国内で二番目に古い”発電所”設立を記念した”箱根電燈発電所跡”です。

小田原馬車鉄道・電気鉄道湯本駅跡

小田原馬車鉄道は現在の箱根登山鉄道の前身で、日本で三番目の馬車鉄道に当たります。

馬車鉄道とは馬車にひかせた鉄道のことですが、その小田原馬車鉄道の湯本駅跡地の碑も、同じく湯場滝通り沿いに残されています。

明治21年(1888年)10月、既に新橋から国府津まで伸びていた鉄道の延長に敷かれた”馬車鉄道”では、二頭の馬に客車を引かせ、国府津・湯本間が1時間20分で繋がれていました。

余談として、乗合馬車や人力車で結ばれていた区間に馬車”鉄道”を新たに通すということに対しては、元々反対意見も少なくなかったようです。

とはいえ、当時の箱根湯本界隈には「東京・京都間を結ぶ大動脈・東海道を小田原・箱根に通さないことには一帯が廃れてしまう」という(開港地・横浜同様の)危機感もあったため、このことが馬車鉄道、電化鉄道敷設実現の消極的かつ決定的な動機となっていきました。

参考

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