弥彦伯と、夕刻の街歩き
下山後、日没までのひととき
弥彦神社参拝、ロープウェイ乗車、御神廟詣で等々の後、参拝前に荷物を置かせていただいたこの日の宿、”四季の宿みのや”さんにチェックイン。部屋に荷物を置き、温泉に入ってすっきりしてからは、夕ご飯ついでに外苑エリア(弥彦神社とJR弥彦駅の間)へ繰り出すことにしました。
参考
- 【青春18きっぷの旅/三日目】弥彦線・弥彦駅より、越後国一宮・弥彦神社へ
- 【青春18きっぷの旅/三日目】弥彦山ロープウェイ乗車(神社から山頂、御神廟へ)
- 【青春18きっぷの旅/三日目】弥彦神社の御神廟へ(弥彦神社と”御神体”弥彦山)
- 四季の宿みのや公式サイト
- 弥彦村公式サイト “弥彦公園”
- 弥彦観光協会公式サイト “弥彦まちあるきマップ“
上諏訪神社
道沿いで視界に入ってきたのは雰囲気のある大木と、その陰にある小さな祠、
さらには祠の前に作られた小さな鳥居でした。
鳥居には”上諏訪神社”とありますが、前を通る通りの名前は”諏訪の木”小径です。
諏訪といえば今回の”18きっぷ旅”で初日に通過した一帯でもありましたということで、思わぬところで今回の18きっぷ旅の行程を思い返すような時間となりました。
小さな祠は、
大木に寄り添うように作られています。
参考
建御名方神と出雲の国譲り神話
弥彦と”上諏訪”の縁については不明ですが(あるいは神代に、後述する建御名方神との間に何かしらの縁があったのかもしれません)、上諏訪神社の祭神は長野県の諏訪大社と同じ建御名方神、管理形態は弥彦神社の境外末社(弥彦神社の境内の外にある、弥彦神社管轄の小さい神社)にあたるとのことです。
建御名方神は、”出雲の国譲り神話”でおなじみ、大国主神の子にあたる神様です。
同じく大国主神の子にあたる事代主神共々、高天原からの(天照大御神の)使いである建御雷神に対して、最終的には共に恭順する(慎み従う)ことによって”国譲り”が成立しました。
とはいえ、事代主神と建御名方神の”恭順”には若干の相違があって、はじめから建御雷神に従った事代主神に対して、勇猛さで名を馳せていた建御名方神は建御雷神に戦いを挑んだ後、敗走した信濃国の諏訪湖畔にて建御雷神に恭順した(かつ、以降その地に留まることを約した)とされています。
信濃の地に入った建御名方神は、信濃・諏訪の地に腰を据えるにあたって、元々その地にいた土着の神との戦いに勝った上でその神を地方開拓の協力者とした、という地方の伝承もあるようですが(※)、”信濃の開拓神”である建御名方神は、“国譲り”神話においても高天原の建御雷神と一戦交えた記録があることからか、武勇を貴ぶ神としても知られています。
参考
- 【上信越18きっぷの旅】神話の世界のお話と彌彦神社、天香山命
- 平野高司『神話の聖地 出雲』(NPO法人出雲学研究所、平成24年10月20日)(※)
- 諏訪大社公式サイト
割烹お食事 吉田屋
少々の街歩き後、わっぱ飯が自慢の割烹”吉田屋”さんへ。わっぱ飯の向こうに置かれた地魚、散ったネギも具となった味噌汁、サイドを固める煮物や漬物にも興味をそそられますが、やはりメインはわっぱ飯です。
この時は空腹状態だったこともあって、「いただきまーす!」から「ごちそうさまでした!」までの時間があっという間でした。
もちろん、とてもおいしかったです。
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住吉神社”蛸ケヤキ”
夕食後、弥彦駅前方面から延びている外苑坂通り沿いをゆっくり歩きながら、この日の宿である”みのや”さんへ。はるか向こうに連なるのは、弥彦山の稜線です。
外苑坂通り沿いにある”御遷宮橋”を経由して、
住吉神社の蛸ケヤキへ。寄ることをはじめから計画していたわけではなく、通り沿いから姿が見えたので立ち寄ってみました。住吉神社も上諏訪神社同様弥彦神社の境外末社で、祭神は神社名通りに住吉三神であるとのことです。
“蛸ケヤキ”の樹高は約30メートル、樹齢は約1000年あるようですが、マンションであれば10階に相当する高さ、ざっくり”1000年”で計算すればこの木が生まれたのは西暦1019年、当時の日本はまだ平安時代でした。
藤原北家(摂関家)が中心となった摂関政治の全盛期だった頃、藤原道長が出家し、道長の子である頼道が関白に就任した年が、丁度1019年です。
生年没年不詳のため推定となりますが、恐らくは清少納言や紫式部も存命だった時代ですね。
小さな祠の背後に控えるケヤキの大木は、
その見た目から”蛸ケヤキ”とも呼ばれているようですが、
遠目に引き付けられて近寄ってみると、樹齢に相応しい迫力に圧倒されます。
蛸ケヤキは、新潟県の天然記念物にも指定されているようです。
参考
四季の宿みのや着
夕食+食後の散歩後、この日の宿である”四季の宿 みのや”さんに帰還。静かで落ち着いた廊下と、
フロアによっては見晴らし抜群の一角、
そして居心地抜群の客室内と、日没後の弥彦での時間を、とても落ち着いた気分と共に過ごすことが出来ました。
参考