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【00年代の函館 その10】北海道第一歩の地碑

00年代の函館

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【00年代の函館 その10】北海道第一歩の地碑

北海道第一歩の地碑

北海道第一歩の地碑(函館市公式観光情報北海道第一歩の地碑“)は、明治6年に函館と青森、安渡(大湊)間に青函連絡船の定期航路が就航して以来、北海道の入り口となってきた港(東浜桟橋。参考:函館市公式観光情報 “旧桟橋(東浜桟橋)“)が置かれていた地に、そのことを記念して置かれた碑です。

旧イギリス領事館などのある基坂の一つ東隣、日和坂の傍に位置しています。

和船(風力や人力で航行)ではなく汽船(蒸気の力で航行)を用いた青函連絡船開通は、青森・函館間の経済を活性化させるために青森側からの働きかけによって実現に向けて動き出し、最終的に開拓使によって”弘明丸”(206トン、40馬力、積石約500石、乗客数100名のスクーナー形木製汽船。”スクーナー”は、2本以上のマストに張られた縦帆のことです)が購入されると、明治6(1873)年の定期就航開始へと至りました。

ちなみに開拓使(北海道開拓のために作られた、明治初期の官庁のことです)が初代青函連絡船に用いた弘明丸は、横須賀で建造され、青函連絡船就航以前は横浜・東京間で航行していました。

その後弘明丸の後継となる船が函館、青森間を結びつつ、”第一歩の地”である東浜桟橋は明治43(1910)年まで機能します。

 

参考:函館市史デジタル版開拓使直営と郵便制度“、”汽船・弘明丸の就航“、

 

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