再建された鶴ヶ城・天守閣
若松城天守閣郷土博物館
鶴ヶ城の旧本丸に隣接する天守閣(公式サイト)は、五層の作り(五階建て)になっています。
1〜4層部分には会津若松の歴史についての展示で構成された“若松城天守閣郷土博物館”が、最上階には360度の展望が楽しめる展望層が、それぞれ用意されています。
会津藩の幕末史

再建された天守閣内・一層部分から始まる郷土博物館では、武家政権時代(鎌倉時代~)の鶴ヶ城の歴代藩主たちの経歴、さらには鶴ヶ城そのものの歴史もしっかり抑えられていますが、やはり圧巻なのは幕末史です。

“幕末会津の悲劇”の端点となったと言われる、会津藩第九代藩主・松平容保の京都守護職拝命以降の歴史が、その後の幕末の主な動きと共に年表形式で追われ、

戊辰戦争の主な合戦についても、同様に時系列順にまとめらていますが、

会津藩にとって幕末最後の戦いとなった会津戊辰戦争以降のパートは、一か月に渡る籠城戦の様子の後、鶴ヶ城開城、さらには長州藩の木戸孝允が尽力した、事実上の流刑であるとも言われる斗南藩への移封等、特に詳細にまとめられています。

そして最後に訪れるのが、名門・会津藩を象徴していた鶴ヶ城の取り壊しですね。
明治の世の元・会津藩士

このほか、白虎隊の生き残り隊士として明治の世を生き、東京帝国大学・京都帝国大学、九州帝国大学の総長を歴任したほか、旧会津藩の復権にも尽力した山川健次郎さん、

その山川健次郎さんの兄であり、会津戊辰戦争時には籠城戦の指揮官として采配を振るい、明治の世では健次郎さん同様近代日本の創世期の教育環境整備に尽力したという山川浩さんなど、会津出身の偉人紹介にもスペースが割かれています。
鶴ヶ城見学とボランティアガイド
鶴ヶ城には、無料で鶴ヶ城周りを案内・解説してくれるというボランティアガイドさんが、年末年始の一部期間以外、常駐しています(鶴ヶ城公式サイト “鶴ヶ城ボランティアガイド“)。
今回の鶴ヶ城見学も、ボランティアガイドさんのおかげで充実した時間を過ごすことができました。
もし鶴ヶ城見学を考えている場合、“ボランティアガイド”利用をお勧めします。
鶴ヶ城・展望層からの風景
早朝の横浜・石川町駅からスタートした今回の青春18きっぷ旅。
初日の目玉スポットと目していた会津若松・鶴ヶ城でしたが、鶴ヶ城そばに着いた時点で既に夕刻で、城内にもほぼ入館ギリギリの時間で入ることになりました。

そんな状況でたどり着いた、オーラスの天守閣です。

既に夕日は山の向こうへ。
はるか遠くの山々の頂が夕焼け色に輝いている一方で、手前ではボチボチ”日没感”が広がっています。

つい先ほどまでの時間で歩いて回った鶴ヶ城・天守閣の周辺も、もうまもなく夜の帷のなかへ。
ですがまだまだ、”武者走り”や観光案内所、武徳殿をはじめ、”北出丸大通り“(大まかな方向的には、JR会津若松駅方面です)が伸びている様子などがハッキリ見渡せます。

旧鶴ヶ城の本丸内部方面では、遠くに小田山城方向の山々が望め、堀の手前の石垣より内側には、茶室麟閣やその隣に位置している御三階跡などが視界に入ります。

