【横浜街歩き】カトリック山手教会

横浜街歩き

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【横浜街歩き】カトリック山手教会

山手公園からカトリック山手教会へ

日本庭球発祥の地“碑側から山手公園を出て、通り沿いを道なりに、

樹齢400年のタブノキがある緩やかな坂道を上っていくと、

上り坂の進行方向右手に位置するのがカトリック山手教会です。

山手本通りでは、”山手公園北側入口“交差点すぐのところに位置しています。

山手公園への下り坂道は写真中央、山手教会は左手です。

 

カトリック山手教会

about 山手教会

1862年(=文久2年)、現在の中華街傍に作られた横浜天主堂(近代日本では、初めて作られた教会です)が、カトリック山手教会の初代聖堂にあたります。

1906年(=明治39年)、天主堂付近の市街化を理由として(カトリック山手教会公式サイト山手教会の歴史“より)、山手本通り沿いの現在地に二代目の聖堂が建てられました。

残念ながら、関東大震災に被災することによって二代目聖堂は崩壊してしまいますが、

その後1933年(=昭和8年)、三代目にあたる現在の聖堂が建てられました。

 

聖堂と山手本通り

山手教会の聖堂は、あまり道幅の広くない山手本通り沿いからも良く見えますが、

特にイタリア山庭園側から山手教会に向かって進む時に、その荘厳な姿を楽しめます。

反対に元町公園側から進む場合、

そこに風格のある教会が作られていることが通り沿いから伝わってきますが、現在も平日ミサ・土日ミサなどが行われていて、施設も無料で開放されているようです(参考:カトリック山手教会公式サイト)。

 

ロケーション

教会すぐ傍には、神奈中バスの”山手町”バス停があります。

ほぼ真横なので、下車徒歩ゼロ秒です。

山手町バス停一帯は、山手本通り沿いの文教地区にあたりますが(横浜みこころ幼稚園、市立元街小学校、フェリス女学院中高大、旧中央大学横浜山手中高跡地に囲まれています)、つきあたりに見える窓の作りが特徴的な建物は、フェリス女学院の敷地内にあるカイパー記念講堂です。

ちなみに、講堂名に付された”カイパー”は、震災の犠牲となったフェリス女学院の校長先生の名で、記念講堂は震災後の1929年(昭和4年)4月に落成しました(フェリス女学院公式サイト”フェリス歴史の扉“より)

 

横浜天主堂跡

開港後の横浜で初めて作られた教会である横浜天主堂(1862年献堂)は、現在のカトリック山手教会の初代聖堂にあたりますが、現在、跡地には石碑が残されています。

 

アクセス

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