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【ゆるblog】読書は「一回こっきり」派?それとも「何度でも」派?

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【blog/私見・所感】読書は「一回こっきり」派?それとも「何度でも」派?

元々別テーマの序文みたいな形で書いていた部分だったのですが、「本の読み方」について、少し長めになったので独立させることにしました。

本の読み方って、大きく二通りあると思うんです。

初読のインパクト重視で同じ本は二度は読まない、次から次へと新しい本を読んでいく(その代わり一発目を丁寧に読む)という読み方と、一発目は斜め読み、その代わり気に入った本を何度も何度も読む、というような読み方と。

この場合、対象となるのは教科書的なものというよりは、小説、エッセイ、新書等の類ですね、特に。

完璧にどっちだとは言い切れなかったとしても、「なんとなくどっち寄りだ」という程度の偏りは出来てくるんじゃないかなー、って思ったりします。ちなみにその点から行くと、個人的には割と昔は前者寄りだったんですが、このところ後者に偏りつつあるかなー、なんて気がしてきています。

これまでってあまり「読み方」自体を意識する機会も少なかったんですが、最近は意図してそんな感じの偏りを作っています。

というのも、確か2~3年前だったと思いますが、「今でしょ!」の林修先生の本にはまったことがあって、何冊か(Amazonで買った中古本を)たて続けに一気読みしたことがあったんですよ。

で、その中に「本の読み方」をテーマとした一節(章だったかな?)があったんですが、林修先生は「気に入った本を何度も繰り返し読む」派だ、ってことが書かれていたんですね。

「ほう、林先生は僕の真逆タイプなんですね」なんて思いながら読んだことが懐かしく思い出されます。

曰く、好きな本は何度読み返したとしても味わえる、読み返す度違った見え方をすることがある(新たなひらめきを得ることもある)、総じて、読めば読むほど勉強になるといったあたりがその根拠だったように記憶しています(もしかしたら微妙に違っているかもしれませんが、個人的にはそんな形で納得しました)。

これは「一度読んでも二度読んでも、本に書いてあることは同じだろう」としか思えなかった当時の僕からすると、結構なインパクトを持つ主張でした。

衝撃があった分、半信半疑でもあったのですが、すごく考えさせられたんです。まぁ、それが教科書参考書の類であればわからなくもない気がするけど(それ以外の本でもそういう読み方・・・する?)、みたいな感じですよね。

で、騙されたと思って、教科書読んでるような気分になってというと大げさですが、一度読んだ本を割とガッツリもう一度読んでみたところ、「いや、林先生のおっしゃる通りでした」となったわけです。

結果として本に対する自分自身の接し方が少し軽すぎたのかもな、意識の持ち方の問題でしょう、なんてところに落ち着く感じで、それ以来、新しい本は新しい本で結構ガンガン読んでるのですが、本棚の中を見直すようにもなりました。

以前の読書法にしても純粋に一回だけ「しか」読まないのではなくて、以前は二回目以降の読み方が異様に軽かった(一回目に読んだときに覚えていたところを引用しようとするときに読み返す程度)、そこを微修正する形の読み方(頭に残った全体像を手繰る形で、比較的丁寧に)に変える様意識してみた、みたいな感じですね。

確かに、自分に合わない本というのは、どれだけ偉い先生・有名な作家さんが書いていて、どれだけ評判のいい本だったとしても、とにかく合わないものです。

反対に、自分との相性がいい本って、著者の地位や知名度の如何によらず、何度読み返しても自分の中にしみこんでくるような内容を持っていたりすることがままあります。

「自分にとっての玉石混交」を前提として乱読を進めていくか、それとも「既知の相性」を大事にしてそこを柱としていくか、どういう読み方をするべきかって、単に自分自身がそれほど強く意識してこなかったってだけで、元々自明だったのかもしれません。

やたらめったら乱読して刺激を欲する、知識を欲するなんて姿勢でいるよりは、これから探すにせよ、二度目三度目読書を進めるにせよ、「好きな本」を大切にしていくというとらえ方が有益なんだよという「教え」(?)は、かなりありがたいものでした。

今後も、より良い知識収集法みたいなものを目指して読書法一つにしても改善していけたら、なんて思っています。