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【書評/SF小説】『日本沈没』

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小松左京『日本沈没』(小学館文庫版、2006年):ネタバレレビュー

作中の柱は大きく二本あります。

一本は調査を含めて自然災害に対峙していく部分の描写で、もう一本はその時日本社会はどう立ち居振舞うべきなのかという、国内政財界と国際社会を軸とした描写です。

それぞれ前者が上巻で、後者が下巻でメインテーマとされています。

ちなみに文庫版は平成に入ってからの出版ですが、初出は1973年(昭和48年)です。

 

日本沈没・上巻レビュー

開始早々の舞台となった太平洋沖の海底調査、元々は通常の調査だったはずなのですが、日本の内陸部の地盤調査共々異変が発見されると、地殻下での活動も活発化、やがて大津波を伴った大地震発生へと繋がっていきます。

超ざっくりですが、ここまでがおよそ上巻のパートです。

総じて「倦怠感と共にある社会の中を生きていく主人公・小野寺」に不穏な空気が忍び寄っていくというパートで、震災・災害そのものではなく、天変地異(文字通りの物理的な意味)を目前に控えた人間模様が描かれます。

「高度成長から続く安定成長期を経て、やがてバブルの時代に移行していくことになる日本社会。勢いはあったもののやさぐれた風潮もなかったわけではなく、生きていてとても疲れる時代でもありました」といった空気の中で展開される人間模様ですね。

主人公がそれを感じる舞台はクラブ(=夜の社交場)であったり、内輪のパーティーであったり、突如襲われた自宅であったり色々あるのですが、一見充実していそうな主人公の毎日の中に潜んでいるどこか空虚な感じが、とてもうまく表現されています。

ちなみに、主人公・小野寺は大地震・大津波を葉山の別荘で迎えるのですが、それはそもそも上司の紹介から繋がった「政略結婚」の相手・玲子との、お見合いを兼ねたパーティーの場でした。

政略絡みのお見合いということで、出会いを必然たらしめたのはあくまで双方の背後にある事情であり、当人同士の意思とは必ずしも一致していないのですが、やがて背後の事情とは別の次元で当人同士も惹かれ合います。その展開自体は言うほど不自然ではないものの、それでもどこか主人公特権と言えてしまいそうな役得に(葉山の別荘付近の海岸にて)あやかっていると、直後に大地震・大津波が発生します。

津波の第一波が押し波になるか引き波になるかはケースバイケースのようですが、夜の海でのお楽しみの直後に発生する大地震と、避難しようと海岸線を見たら引き波が発生していたという描写、中々強烈なインパクトがありました。

ネタバレになってしまいますが、そこが上巻で一番印象に残っているシーンです。

なのですが、首都圏に壊滅的な打撃を与えた大地震・大津波は全ての序章に過ぎなかったのだ、という余韻を残して下巻へと続きます。

 

日本沈没・下巻レビュー

もはや不可避となってしまった「大災害の連鎖からの日本列島沈没」に対して、それでも立ち向かうとするのであればどんな対抗策がとれるのか。テーマは震災から国際情勢へ。

下巻では、上巻の「謎」が明かされつつ、日本列島にいよいよ最期の時が迫ってくる様子が綴られます。

大地震発生によってほぼ確定的となってしまった地殻変動、火山の噴火、大地震の連鎖で、最終的には日本列島が東西に断裂し、そのまま海底に沈没してしまうという驚異の予測が、当局では(最重要機密事項として)早い段階でシェアされていたことが徐々に明かされます。

不可避となった「日本沈没」を前に、日本の全国民を海外に移住させるための国家プロジェクトを進行させていたとのことで、ごく一握りの関係者には、物語開始時点で(作中の)日本列島の余命がある程度分かっていたんですね。

3・11の直後、国民そっちのけで自分だけが海外逃亡した、あるいは身内を逃亡させたという政治家がいるという話が流通した昨今、「国民の命を救うために体を張る政治家が国を動かす世界」があること自体に、どこか牧歌的なイメージが宿りつつ話しが進みます。

大地震や大津波の後で国中の火山という火山が次々噴火を始めていくというような、作中一流のディストピア(=暗黒世界)へとつながっていく創作ぽい流れがあるのですが、その割にはいざ災害が起こった後の描写がとてもそれっぽく、先が気になる展開が延々続きます。

当時の社会の倦怠感と共にある上昇気流感、「右肩上がりの経済成長」を除くと根拠らしい根拠がないともいえそうな「日本社会の浮かれ具合と思い上がり」が、下巻最大のテーマになって進みますが、全ては海の藻屑となります。

救いの欠片もないバッドエンド、であるかのように見える中、本当に微々たる希望を残して物語は幕を閉じます。