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【書評/エッセイ】『人生でいちばん大切な三つのことば』

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大阿闍梨・千日回峰行

先日、何の気なしにYouTubeを見ていたら、微妙に懐かしい動画がお勧めに上がっていました。

今から10年くらい前に物凄い話題になった「千日回峰行」達成者の動画です。

以下、比叡山の千日回峰行の内容を、比叡山の公式サイトから引用すると、

千日回峰行は7年間かけて行なわれます。

1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間行じます。定められた礼拝の場所は260箇所以上もあります。

4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日。ここまでの700日を満じて、9日間の断食・断水・不眠・不臥の“堂入り”に入り、不動真言を唱えつづけます。

(比叡山公式サイトより引用)

6年目は、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日。

7年目は200日を巡ります。前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ、比叡山山中の他、赤山禅院から京都市内を巡礼し、全行程は84キロにもおよびます。

最後の100日間は、もとどおり比叡山山中30キロをめぐり満行となるものです。

(比叡山公式サイトより引用)

修行内容を文字で見ているだけでもめまいがしてきそうなハードさがありますが、「かつて」の満行時には、その壮絶な修行内容が話題を呼ぶ形ですごいニュースになったわけです。

ちなみに平成の30年間に達成者はたった3人、戦後だと14人、起源のある平安時代以降でも51人のみだという記録が残されているようです。

千日回峰行は、現在比叡山延暦寺、金峯山寺大峰山寺)、二つのお寺で行われているようですが、平成期には双方のお寺から達成者が出たようです。

大峰山寺と金峯山寺は、大峰山寺の公式サイトによると、かつては一つのお寺だと判断されていた時代もあったようです。

ちなみに大峰山の千日回峰行の内容を、達成者である塩沼亮潤さんの公式サイトから引用すると、

「大峯千日回峰行」とは、奈良県吉野山にある金峯山寺蔵王堂(354m)から24㎞先にある山上ヶ岳(1719m)頂上にある大峯山寺本堂まで、標高差1355mある山道を往復48㎞、1000日間歩き続ける修行です。

毎年5月3日から9月3日まで年間4ヵ月を行の期間と定めるので、9年の歳月がかかります。

行に入ると毎日19時に就寝、23時30分の起床と共に滝行で身を清め、装束を整えて午前0時30分に出発。

道中にある118か所の神社や祠で般若心経を唱え、勤行をしながらひたすら歩き続けます。 持参するものはおにぎり2つと500mlの水。

これを食べ繋ぎながら山頂到着8時30分。帰山するのは15時30分です。

1日16時間歩き続け下山してから掃除洗濯、次の日の用意など身の回りのことを全て行者自身がするため、約4時間半の睡眠で行に臨む生活が続きます。

(塩沼亮潤さんの公式サイトより引用)

大峰山の千日回峰行は、比叡山の千日回峰行をモデルとする形で戦後作られたようなので、双方のハードルの高さに然程の違いがあるというわけでもないのでしょう。

塩沼亮潤『人生でいちばん大切な三つのことば』(春秋社、2015年)

塩沼亮潤さん曰く、それは「ありがとう」「はい」「すみません」の三語だそうです。

インデックスから早速その三語が伝わってきたときに最初に感じたことは、ああやっぱり、いかにも偉いお坊さんの言うことだな、みたいなことでした。

それがいい悪いではなくて、普通にありがたいお話が読めそうだな、という印象を受けたんですね。

ただ同時に、確かにありがたい話しではあるんだろうけど、多分それもこれも自分程度の俗物の感覚では理解しきれないような崇高な人格と理念あっての話しだろう、なんて不安にしてもないわけではなかったんです。

なのですが、結論からいうとこれは杞憂でした。

周りがどんな人間だったとしてもそれを受け入れ、感謝の念を持って自分のうちに取り込むことこそが最後には自分のためになるのだという、ある意味世の全てを達観し、かつ超越したかのような思想って、誰に阿ってどうだではなくむしろ真逆、実は独立自尊語の由来)につながっていくような考え方らしいんですね。

それもこれも、全ては自分が自分として生きていくために必要な事なのだと著作ではおっしゃられているのですが、塩沼亮潤さんのそういう言葉を通じて、塩沼亮潤さんの思想を自分が分かりやすい言葉に置き換えて理解するのであればそういうことなのかもしれないなと思った瞬間、この本との距離が一気に詰まるのを感じました。

分かりやすく言うと、それはむしろ一個人の方法論としては手堅い攻めの発想なんだってことですが、少なくとも自分にはそんな風に受け取れました。

例えそれが許しがたい人間のいったこと、したことであったとしても、そういう細事に一々負の感情を振り回される形でかかずらっていては、自分が本当に理想とする人生の歩みはいつまでたっても始まらないぞということなんです。

この考え方は、そういう環境下で例えば「許しがたい人間」と意味もなくなれ合うこと、ましてやいいなりになって自分自身を捨てることなどは、微塵も要求していません。

むしろ「そういう人間に出会うことも自分自身の修行のうちなのだ」という、苦行を前提とした語り口調で対処法を解いてくれます。

関わり、受け入れるというのは、他人との関わりを通じた自分自身の器や経験値等々との対話を意味するわけですが、「受け入れ」という言葉のとらえ方如何で、正確な理解がしづらくなる部分が出てくるということなのでしょう。

結局のところ自分は自分、他人は他人です。

まずはじめに、自分にとっての人生は自分ありきで進んでいく、その自分ありきの人生を実のあるものとして考えるためには「ありがとう」「はい」「すみません」が必要になり、さらには他者を「受け入れる」ことが必要になってくるわけです。

「受け入れ」に必要なのは何かといえば自分自身の器量であり、智慧です。

であれば、毎日の積みかさねにおいて、「受け入れた他人」に付き従って云々というは、そもそも努力のベクトルが正しい方向の真逆を向くものなんですね。

自分にとって「つまらない」人間との出会いは、ある意味で自分から見て偉大な人間に出会った時に受ける感銘同様、自分自身の成長をチェックしてくれる、チェックポイントになっているわけです。

その意味では、何か素晴らしいものに向き合った時の感動についてはともかく、反対にその手の人間に向かう嫌悪感や憎悪の念というもの自体について、確かにまやかしといえばまやかしの感情に過ぎないのかもしれません。

そんな話の他にも、腑に落ちる話が次々に出てきます。

「世のため人のためは、多くの場合偽り。偽りとは『人』の『為』と書く」と言い切っているあたりにも、すごく共鳴出来ました。

むしろ情けは人の為ならずが真なのだということになりそうですが、読み進めるだけで心が洗われるようになる下りが、そこかしこに含まれています。やっぱり世の中そんなものだと思えば、それはそれで気持ちが楽になりますよね。

後半は進めば進むほど深い話しが含まれていたりもするのですが、そういう部分とは少し違うところに、少なくとも自分にとっては強烈なインパクトを持つ一節がありました。

本文よりその一節を引用すると

「ちょうどそのころ、私の同級生がプロ野球選手になって活躍していました。名前を言えばだれでも知っているようなピッチャーですが、素晴らしい感動を国民に与えていました」

(中略)

「亮潤の友達は160キロの剛速球を投げられるかもしれない、でも(以下省略)」

ちなみに塩沼亮潤さんは1968年生まれ、母校は仙台の東北高校です。

ここまでの条件がそろっていれば、ここで言われる「プロ野球選手」「ピッチャー」が一体誰なのか、ベイスターズファン100人に聞いたら恐らく98人位は即答するでしょう。

ハマの大魔神こと横浜ベイスターズ歴代No.1ストッパー、佐々木主浩投手です。

こういう本を書く人が大魔神佐々木の同級生だったのかと、全く予期しなかったところから98年のベイスターズ日本一をリアルに思い出し、本の内容共々、震えが来るような感動が来ました。

塩沼亮潤さんが千日回峰行を達成したのは、まさにそのころの話しだったようです。

あの感動の陰で、千日回峰行達成という偉業がなされていたんですね。