鎌倉・湘南書籍レビュー

【書評/鎌倉・湘南関連書籍】『湘南爆走族』

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吉田聡『湘南爆走族』(少年画報社、総集編全9巻は1996年出版)

総集編は90年代半ばの出版ですが、実際の連載期間は1982年~87年の5年間です。

 

江口洋助と江口洋介

漫画単体としても名作である他、実写版が俳優・江口洋介のデビュー作にあたったという、どこか不思議な縁もあります。

時系列的には、漫画として湘南爆走族(以下「湘爆」)がブレイクしたのは、湘爆の主人公・二代目リーダーである江口洋助役で「俳優・江口洋介」がデビューする前の話しです。

wikiを見ると、連載終了年が実写版映画の公開年にあたるようです。

なので名前が売れたのは湘爆・江口洋助が先、実在の存在としては後の俳優・江口洋介が先、という関係ですね。

当時まだ無名だった新人が、湘爆・江口洋助の名前を(「助」の字だけを変えた)芸名としてデビューしたのかとはじめ思っていたのですが、実はそれが本名だったという。

今からすると信じられない話ですが、およそそのくらいのところが、無名時代の「俳優・江口洋介」の知名度だったんですよね。

しかしその江口洋介にしても、「湘爆」直後の90年代の初めから、いわゆるトレンディドラマを足掛かりとして大ブレイクすることになるので、むしろ今となっては湘爆つながりの方がレアな知識なのかもしれません。

 

湘南爆走族

波打際高校の一年生・江口洋助が、湘南の名門走り屋チーム「湘南爆走族」の二代目リーダーを引き継いだところからはじまります。

まさに引き継いだところからというよりは、二代目チームが発足し、チームが落ち着いたあとの日常描写からですね。

80年代半ばの鎌倉・湘南を舞台としたありきたりの日常の中に、良くも悪くもありきたりじゃない登場人物たちがいる、みたいな世界で話しは進んでいきます。

改めて漫画にまつわる事情を見ても懐かしかったりするのですが、漫画本体も同様に、色々懐かしい中身を持っています。

例えば学校から帰った後の友達間のコミュニケーションの手段が家の電話だったり、「写真」といったらフィルムで撮った写真だったり。

そういう昔懐かしい描写が作中世界の雰囲気づくりをアシストする形で話が展開されるので、一つ一つの話しの積みかさねにしても、自然どこか懐かしい雰囲気を醸します。

結果、今の感覚でも十分理解できる「古き良き」が展開されるんですね。

映画で例えるなら、見終わって映画館を出るときのあの気分、小説であれば読み終わってから余韻に浸るときのあの気分、それが湘爆は割と逸品です。

 

湘爆といえば? というお勧めストーリー

総集編を基準として全体的な「面白さ」を見ていく場合、総集編の一巻には、割と普通の漫画が掲載されています。

連載開始間もない時期の湘爆は、可もなく不可もない、ごくごくありふれたラブコメ漫画です。

メンバーのキャラにしても、後に描写されることになるような、角の立った鋭さはまだ鳴りを潜めています。

この状態が、総集編の2巻途中で「残された走り屋たち」というガチのストーリーが突如展開されるあたりから、大きく変わっていきます。

以降、ギャグはより面白くなる、登場人物たちのキャラもみるみる立ってくる、話しの中身自体がどんどん濃くなって来る、みたいな感じで「湘爆」が成長を始めます。

多分、著者である吉田聡さんがこの時期本当に書きたかったのは、「残された走り屋たち」みたいな世界の話しだったのでしょう。

ちなみに「残された走り屋たち」は、湘南海岸の近隣・横須賀のチームの解散が抗争を生み、元々のライバルチームである「地獄の軍団」を含めた三つ巴の抗争が展開される、みたいなお話です。

湘爆を読んだことがある、あるいは昔好きだった方向けに説明すると、「地獄の軍団」の権田が関係をこじらせてしまった、「横須賀ハッスルジェット」の真紫との抗争です。

「残された走り屋たち」掲載以降、この手のかっこいい話しがぼちぼち出てくるようになるのですが、2巻~9巻のお勧め「エピソード」話しをざっとまとめると以下です。

タイトル 掲載巻 概略
湘爆結成(一話) 総集編・二巻 二代目湘南爆走族の結成秘話。後に湘爆メンバーとなる4人が登場します。二代目リーダー・江口と後の湘爆親衛隊長・石川晃のサシの喧嘩(タイマンとも言いますね)の場面は見どころです。
青ざめた暁(長編) 総集編・三巻 横浜の暴走族”ブラディヒール”との抗争。湘爆特攻隊長・丸川角児の旧知のメンバー含む”ブラディヒール”との抗争では、湘爆のライバルチーム”地獄の軍団”の見せ場もあったりします。地獄の軍団や総長・権田二毛作の描写が逸品です。
10オンスの絆(中編) 総集編・五巻 湘爆の対抗チームである「地獄の軍団」総長・権田二毛作の熱血ボクシング部ストーリー。世話になった高校の先生の退任に併せてボクシング部に復帰した元キャプテン・権田が意地を見せるという、これまたかなりかっこいい話しです。権田がボクシング部を辞めた後にボクシング部を引っ張ってきた副部長との争いや、激しい打ち合いを演じ、敗色濃厚となってしまった権田の試合を最後まで見ずに帰ってしまう「退任してしまう先生」、試合に勝った後でまた暴走族=地獄の軍団に戻っていく権田と、色んなところに古臭いカッコよさが満ちています。
1/5 LONELY NIGHT(短編) 総集編・七巻 湘爆・江口洋助が、対抗チームである「地獄の軍団」総長の権田と初めて本気でぶつかり合った話。仲間のために体を張るというリーダーたち(江口・権田)メインのお話ですが、江口と権田の喧嘩を通して権田の心中を察するという「地獄の軍団」メンバーの描写も良いです。
俺とお前の GOOD LUCK(短編) 総集編・八巻 湘爆特攻隊長・丸川角児が、暴走族に襲われた中学時代の同級生の敵討ちに単身出向くストーリー。最終的には湘爆メンバー三人で敵陣に乗り込み、目的を果たします。上記のストーリーに比べると淡白にまとまっていますが、同種のカッコ良さがあります。
赤い星たちの風景
潮風の卒業式
紫の残響
総集編・九巻 連載最後の三話はそれぞれが独立した話しなのですが、三話が続くことによってこれまでの話しが綺麗に畳まれます。通常回が終了した後のエピローグのような性格を持つ話しですね。「赤い星たちの風景」は二代目湘爆最後のツーリング、「潮風の卒業式」はまんま卒業式当日の風景、「紫の残響」は卒業式後の春休みの校内と、湘南の街の様子が描かれます。今読んでもというか、むしろ今読むからこそなんですかね。割と本気で泣けてくる、既知の全学園モノ漫画の中でも屈指の感動エンドです。

どれも必見レベルでカッコイイ話しばかりですが、ちなみに最終9巻に至っては全編が見どころ、ほぼ一巻丸ごとオススメ巻です。最終三話に至るまでに、日常風景の中の未解決部分が全て畳まれた上でエピローグに入るので、大団円感もかなり強めです。

全てが終わった後に「二代目前」の話しが掲載されていたり、「二代目」発足直後のエピソードが掲載されていたりと、余韻を楽しむための粋な計らい(=編集)もあります。

 

所見

ちなみに湘爆は「少年KING」という、三大少年誌(ジャンプ・マガジン・サンデー)に比べるとややマイナーというか地味な雑誌(隔週刊)で連載されていました。

当時の少年KINGって、ほとんど湘爆が単体で引っ張っていたんじゃなかったっけ? と言うくらい、湘爆のみが印象に残っているのですが、そういう雑誌の人気漫画であれば、ここまで世界を大切にしてもらえるのか、と言うくらい、とにかく丁寧に卒業までの日々が描かれていきます。

また、それが一々かっこいいんですよ。

湘南爆走族が、通常とは逆の意味で「全年齢対象」ぽい雰囲気を持っているのも良かったのかもしれません。

湘爆って、結局は湘南「爆走族」という、かつての暴走族(今だとネットでは珍走団なんて言われていたりもしますが笑)が主人公となった漫画なので、強いてカテゴライズするなら暴走族漫画、ヤンキー漫画、不良漫画ということになるのかもしれません。

面白い漫画が読めるのであれば、そこは個人的には全く気にならないところなのですが、もし堅苦しいことを言いたいのであれば、そこをどう捉えるかによっても評価が分かれてしまいがちです。

この点、確かに漫画の主役である湘爆メンバーたちは高校生なのですが、作者自身は「高校生の心を持った大人」みたいな立場から話しを作っている、そのあたりのバランスが絶妙なので、それが作品の持つ魅力に直結していく部分ともなるわけです。

「年取ってから改めて読みなおすととても読めたものじゃない」というのは、割と「昔ハマったヤンキー漫画あるある」みたいな話かもしれませんが、湘爆に関してはそれはありませんでした。