【まんがレビュー】史村翔/すぎむらしんいち『右向け左』

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史村翔/すぎむらしんいち『右向け左』(講談社漫画文庫、1999年)

80年代の終わりから90年代初めにかけて、週刊ヤングマガジンで連載されていた自衛隊(陸自)漫画です。

物語は、主人公の坂田光男くん(19歳)がとある事情から300万円の借金を抱えることとなり、その借金返済のために自衛隊に入隊するところからはじまります。

あおざくらが平成末期から令和にかけての幹部自衛官候補生たちの学生生活を描いたものだとすると、「右向け左」は昭和末から平成のはじめが舞台、一般の自衛官候補生たちの日常が描かれています。

著者である自衛隊OB、史村翔さん(”北斗の拳”の武論尊さんの別PNです)の自衛隊生活が参考にされた漫画だということですが、かなりお笑い要素が濃くて、訓練中のシリアスな描写はほとんどなし(ゼロではない程度です)、8割がた課外の話しで構成されています。

厳しい訓練を中心として候補生生活が描かれる「あおざくら」に対して、厳しい訓練以外の候補生生活が描かれるのが「右向け左」の特徴なんですね。

「あおざくら」が将来の幹部候補生たちの青春を描いたストーリーであることに対して、「いずれ自衛隊員として生きていくことになる予定なんだけど、正直それはそれ、これはこれ」みたいなテンションが延々続いていくことになります。

今だとそんなことはないかもしれませんが、かつての話であれば、わざわざなろうとして自衛隊の一般隊員になるような人はまだ少数派でしたからね。

一生の仕事として自衛隊を選んで入隊してきた若者たちみたいな「あおざくら」的な世界ではなくて、「10年先に自分が自衛官でいるかどうかすらわからない」といった空気感の中で話しが進みます。

だからこそなのか、学生生活の延長的な伸び伸び感がハンパないです。本来であれば色々不自由な生活を余儀なくされているんでしょうが、やたら楽しそうなんですよ笑。

作中には、部隊のリーダーとして防大OB(水津二尉、水戸二尉)も登場するのですが、特に後半登場する水戸二尉については、あおざくらの近藤君や坂木先輩達とは異次元の世界に生きているような、緩い幹部だったりします。

水津二尉の方は、雰囲気的に「あおざくら」の世界にすごく近いものを持っているように感じるのですが、水戸二尉との間にあるギャップが中々強烈なんですね。

というのも、水戸二尉のやり方というのが天下国家を憂えるよりは自身の立身出世、それも出来るだけ手間暇かけずに効果的にみたいなやり方で、物語の終幕付近でさらに出世街道を突き抜けていくという形で結果を残し、作中世界からフェードアウトします。

勤勉な優等生だった水津二尉の努力を結果として食い物にする形でのし上がっていくという、最低でありながらも、ある意味最強の幹部なんですね笑。

自衛隊との関わりにこそ強烈なクセがあるのですが、見た目的にはナイスガイそのものという、生粋の遊び人キャラです。当然女子自衛官にもモテモテだったりしています。

もちろん、水戸二尉は例外的なはぐれ者人材であり、それが平均的な幹部像ではないことは自明なのですが、そういう特異なキャラを併せのんでいたのもまたかつての時代の為せた業だったのかなといったような、やはりどこかに隔世の感を禁じ得ない雰囲気があります。

総じて、「あおざくら」「右向け左」それぞれの主人公の立場の違い(幹部候補か、一般隊員候補か)以上に、時代の違い(平成と令和の境目か、昭和と平成の境目か)もかなり影響しているように感じられるので、今読むと作中の雰囲気自体が懐かしかったりもします。

なので、自衛隊漫画を読みたいからという理由よりは、もちろんそれ目的でも楽しめると思いますが、バブルの最末期あたりの雰囲気を懐かしみたい場合に、より満足度は高まるでしょう。

繰り返しになりますが、右向け左では、世の中全体にまだ得体のしれない勢いがあった頃、その勢いに少なからず背中を押されていたであろう候補生たちの毎日が描かれています。

天下国家がどうだというような話しはほぼありませんが、その代わりに、細部の描写に一々懐かしさや生々しさを感じたりします。

「どこに行って何してても、最後にはなんとかなるだろう」みたいな空気が世の中のいたるところに溢れていた時代の自衛隊の一般隊員候補生生活であれば、そこでだけいたるところで気を引き締めろと言ったって土台無理な話しだったのでしょう。

最終回に至って、主人公坂田光男くんたちの部隊は丸ごとごっそり行方不明扱いとなってしまうのですが、これからも自衛隊員もどきの生活が延々続いていくことになるのだ、といった形で物語がクローズされます。

かつて読んだ時はこの最終回に特に何を思うでも無かったのですが、今読むと、かつての世の中が持っていた謎の緩さを懐かしく感じます。

なのでたまには緩い気分になってみたい、なんてときにお勧めの漫画です。

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