【ブックレビュー】田村明『都市ヨコハマ物語』

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田村明『都市ヨコハマ物語』(時事通信社、1989年)

横浜の、物語風の通史が都市計画・開発に関わった著者の手によって書かれた本で、横浜の中心部に存在する、歴史の断層のようなものに起因する不自然な雰囲気の故が、この本で明らかにされています。

市歌が謳う文明開化の窓口となった横浜イメージ、GHQによる接収期に米軍が持ち込んだジャズ等に代表される「日本の中のアメリカ」文化が先導した横浜イメージ、見方によっては双方の間からすっぽり抜け落ちているようにも見える「空白」も丁寧に描かれていくことによって、「開港期」と「今」がつながってくるのですが、「横浜通史」の中では最も読みやすい類の一冊にあげられるでしょう。

戦後の横浜開発では「かつてを残すか、それとも「新しき」にのまれていくか」という二択が常について回った様子も描写されていますが、結論として「歴史との共存」が選択された、その選択が大成功だったというどこか暖かい話しと共に、「もはや過去となってしまった部分」への、当時の市民の郷愁めいた心象についても触れられています。

『すでに関内には、古き良き横浜の面影はほとんど残っていなかった。進駐軍の接収は、それを決定的にしてしまった。いまは歴史を知る者にとっては、諦め的な侘しさを感ずるだけで、あの文明開化の歴史や横浜絵に見るような華やかさは、感じられないし、多くの人々から消えかけていた』(本文P199 より引用)

似たような話は終戦直後の日本において、それこそ全国いたるところにあったのでしょうが、横浜にしてもそのご多分に漏れていなかったわけです。

ちなみに「共存が選択された歴史」ということでは、「山下公園と海岸通り」の章がおすすめです。

古き良き時代の横浜の、華やかな面影を回顧したチャプターにあたります。

関東大震災の前、現在の山下公園通り付近には「横浜グランドホテル」という、当時の開港地を代表するホテルがありました。

残された写真を見るとちょっとした宮殿風のホテルであることがわかります(概観について参考 “神奈川の近代建築“より”YOKOHAMA GRAND HOTEL“)。

当時のグランドホテル界隈は「日本で一番美しい通り」(本文P231 )とまで言われていたようですが、震災後、横浜市が復興計画に含めたのがこのグランドホテルの再建でした。

「横浜を代表する、外国人を受け入れるホテル」が建設されることとなったのですが、その新しいホテルが今も残る「ホテル・ニューグランド」です。

戦後このホテル・ニューグランドの一室に陣取り、日本の復興の端緒を開いたのがかのダグラス・マッカーサー元帥だったことを思えば、良くも悪くもそこから見えてくる日本の戦後史のはじまりなんて話しも膨らむかもしれません。

あれも横浜ならこれも横浜、という話しですね。

マッカーサーズ・スイート」を今でも備えているニューグランドも、「日本初の外資系企業」といわれたジャーディン・マセソン商会が入居した英一番館も、同じ山下公園通りに面しています。

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