【小旅行ドライブto新潟/旧街道と国道】信州街道・草津道・草津街道

国内旅
この記事は約3分で読めます。

信州街道・草津道・草津街道

現在の国道と、かつての街道

現在

地図中央付近から左上に向かって通されている国道406号線が、中山道の脇街道にあたる旧信州街道で、”現在の草津街道”にあたります。

今も国道(406号線)上にかつての面影を残す旧須賀尾宿は、かつての草津道への分岐点でもありました。

余談として、同じ高崎市内には国道18号線との分岐点もありますが、国道18号線は旧五街道の中山道にあたります。

参考

かつて

現在草津街道と呼ばれている国道406号線は、かつては信州街道と呼ばれていました。

現草津街道=旧信州街道は、旧中山道の宿場町である高崎宿から分岐した(中山道の)脇街道にあたりますが、その旧信州街道上から草津温泉に向かって伸びたかつての”草津道“は、元々は旧信州街道の脇街道として整備された道にあたります。

まとめると、旧中山道、旧信州街道、かつての草津道、以上”三本の道”は、中山道の脇街道にあたるのが旧信州街道で、旧信州街道上からはじまる旧信州街道の脇街道が草津道だという関係にありますが、例えば江戸(日本橋)から草津へ湯治に行くなどという場合、旧中山道の高崎宿、さらには旧信州街道の須賀尾宿で、それぞれ進む街道を変更する必要がありました。

高崎宿や須賀尾宿は鉄道でいうところの乗換駅にあたりますが、中山道で日本橋から高崎宿まで出て、高崎宿からは信州街道沿いに須賀尾宿まで、須賀尾宿から先は草津道で草津を目指す、といった形の旅ですね。

参考

須加尾宿と草津道

信州街道・須加尾宿

須賀尾宿は、17世紀初頭(1624年)に出来た、旧信州街道沿いの宿場町です。

幕末の侠客であった国定忠治が関所破りをし、かつ処刑されて最期を迎えたという曰くのある大戸関所跡も同じ通り沿いにありますが、関所跡あり、宿場町跡ありという、草津街道(旧・信州街道)上でも近世以来の街道だったことを思わせる雰囲気を持っています。

グーグルマップの写真で道路の両サイドに小さく写っている木製の看板は、かつての旅籠や商家の屋号と思しきものが書かれた木看板です。

旧・草津道(現・草津街道)

かつての宿場町一帯を含む草津街道(旧・信州街道)沿いを過ぎ、旧草津道=現草津街道へ。

その昔の草津道(=草津街道)は、信州街道上(前記した須加尾宿)から草津温泉を経て野反湖のぞりこへ、最終的には中津川と信濃川の合流地点(新潟県の、中魚沼郡津南町)まで伸びた街道だったようです。

江戸方面へと繋がる道であったと同時に、日本海側とも結ばれていた形ですね。

須賀尾宿一帯を通過すると、時に道幅が狭くなり、カーブの連続になりという形で草津へと向かうのですが、道沿いに街灯はほぼなく、道の横を見ればかなり奥の方まで見渡せる森が続きます。残念ながらこの道がそのまま昔の草津道だったということではなさそうなのですが、どこか時代小説の中の風景を思わせるような道でもありました。

参考

タイトルとURLをコピーしました