大陸からの季節風と『雪国』
雪国
川端康成の小説『雪国』の冒頭部で謳われた”国境の長いトンネル”とは、上越線・清水トンネルのことです。
越後湯沢には、実際に川端康成が『雪国』を執筆した”雪国の宿 高半”が今も残されているほか、郷土の資料館である『雪国館』でも川端康成関係の展示が充実していますが、『雪国』冒頭部の描写は清水峠・谷川連峰が気候の厳しい豪雪地帯であることも物語っています。
なぜ雪国は雪国となるのでしょうか。そこにはいくつかのステップが存在します。
参考
「湿った雲」が雪を降らせるまで
乾いた寒気が湿った寒気となり、日本の山間部へ
最初のステップでは、大陸から日本海を渡って日本へと流れてくる季節風(乾いた寒気)が主役となります。
ここでいう季節風とは、天気予報などでよく言われる「西高東低の冬型の気圧配置」が原因となって、気圧の高い西側(大陸方面)から気圧の低い東側(日本列島方面)に向かって吹いてくる風のことです。
西からの乾いた寒気=季節風は、シベリア気団(気団とは、温度・湿度などで似たような性質を持つ大気の塊のことです)と呼ばれますが、日本に向かう季節風=乾いた寒気であるシベリア気団は、日本海を通過する際に海面から水蒸気を大量に吸い上げ、小さな水の粒等の塊である湿った雲を作ります。
この湿った雲が日本上陸後に本州、特に上信越地方にとっての脊梁(せきりょう)山脈である越後山脈(谷川連峰など)へと流れ雪の基となるという形ですが、以下、”飽和水蒸気量”や降雪のメカニズム等々について、続けます。
飽和水蒸気量と、”目に見えない”水蒸気
飽和水蒸気量とは、”1m3あたりで何グラム水蒸気が気体のままでいられるか(=1m3あたりの空気中に、何グラムまでの水蒸気を含むことが出来るか)”を示す指標です。
単位はg/m3で、温度が低ければ低いほど、数値は低くなります。
参考までに、30℃の飽和水蒸気量は約30グラム/m3、20℃の飽和水蒸気量は約17グラム/m3ですが、1m3あたりにつき、30℃であれば30グラム、20℃であれば17グラムを超えた分の水蒸気が、全て液化します。
例えば8畳のワンルーム(天井高2.5m、1畳=1.82mで計算)が空の状態であれば容積は36.4㎥となることから、20℃の飽和水蒸気量は618グラム、一般的な小学校の教室であれば容積が約180㎥であることから、同じく20℃の飽和水蒸気量は3060グラムとなり、一人暮らしの部屋であればおよそ600グラム、一般的な小学校の教室であれば約3000グラムの水蒸気が、目に見えない状態で気化出来るという計算です。
ここまでは水が空気中に気化できる、ただしこれを超えた分についてはその限りではない、という基準の数値が飽和水蒸気量ですね。
コップの汗と高山の雪
冷たい飲み物を入れたコップを部屋に放置しておくとコップに水滴が付くことと、雲の内部で起こっている水蒸気の液化は、本質的には同じ現象です。
“コップの汗”の場合、室温に触れているだけであれば水蒸気のまま大気に含まれていたはずの”小さな水の粒”は、コップに入った冷たい飲み物の温度に反応することによって、コップに付着する形で目に見える水の粒になります。
室温と”コップの中の飲み物の温度”の間にギャップがあることによって、”低い方の温度”に反応し、その結果(コップの周りを漂っていた、飽和水蒸気量を超えた分の水蒸気が)水滴となる形ですね。
同様に、”より冷たい空気の中に送り込まれた雲”の中では、元の空気の中にいた時には水蒸気のまま大気に含まれていたはずの小さな水滴同士が、冷たい空気の中に送り込まれることによって”飽和水蒸気量”超えの水蒸気となり、次々にくっつくことによって大粒の水滴となるのですが、水自体は0度で固形化するため、水滴となった地点の気温如何では、”雨の元”はそのまま”雪の元”へと姿を変えることになるんですね(同様に、”汗をかいたコップ”を氷点下の空気の中にもっていけば、コップの周りに付いた水滴は氷となります)。
この点、冬季の新潟地方の場合元々地表付近の気温が低いため、日本海側から恒常的に流れてくる湿った雲が山間部でそのまま大雪の元となって、豪雪地帯を作り上げることにつながっていきます。
降雪のメカニズム(流れのまとめ)
日本海からの雲が、”シベリアからの季節風が山脈にぶつかることによって発生した上昇気流”に乗る
↓
上昇気流に乗った雲が、山伝いに上空へと運ばれていく
↓
雲が上空へあがれば上がるほど、周囲の気温は下がる
↓
気温の低下に伴って、飽和水蒸気量も低下する
↓
“飽和水蒸気量を超えた分の水蒸気”が液化する
↓
液化した水蒸気は低温の影響を受け、雪となる(大量の水蒸気が基になれば、大雪となる)
大雪の基は”フェーン”へ
群馬北部の山間部にも、新潟の山間部と同じ理由から大雪が降る地域がありますが、雪を降らせるだけ降らせた”日本海からの湿った雲”は、やがて群馬県内に吹き降ろされる空っ風(=乾いた下降気流)となります。
“高地=越後山脈の低い温度”に反応する形で”飽和水蒸気量を超える分の水滴”が全て雪となってしまった、要はそこで”弾切れ”状態になってしまった後の”空っ風”が群馬へ入り、山間部から平地に向かう形で吹き下りることとなるのですが、”空っ風”は低地に近づけば近づいただけ暖かい風となるという、いわゆる”フェーン”と呼ばれる風になります。
山から吹き下ろされる熱い風が猛暑の原因になるという、いわゆる”フェーン現象”のフェーンですね。
同じく”フェーン”ではあったとしても、冬場の場合、温度上昇の影響がさほどではない分むしろ強い風が吹くことによって体感温度は下がったように感じるところ、同じ風が(もともと高温である)夏場に吹けば、風が山間部を下ることによる気温上昇の影響が(例えば猛暑の原因となるなど)深刻なものとなります。
参考
- 気象庁 “フェーン現象“
難所の所以と点線国道区間
高所の気候
高山では、その厳しい自然環境が植物の生成に適さないことから”森林限界”と呼ばれるラインを形成することがありますが、谷川岳の場合は高度1500メートルのラインが森林限界にあたるといわれています(参考までに、富士山の森林限界は五合目付近、高度2400~2500メートルです)。
標高が高い地区は、地表に比べて気温が低いことから雨や雪が降りやすく、さらには風も強い、総じて天気が変わりやすいという特徴を持っていますが、中でも強風、雨、雪、雷の与える影響は深刻なものとなり、雪崩、崖崩れ、土砂崩れ等の発生をもたらします。
その結果斜面は急峻となり、崖や滝や川が出来、人の意思とは無関係に自然の手が加わり続けていくこととなりがちなので、必然的に人間の生存活動には適さない領域が増えていきます。
ということで、無理に人の手を加えようとしても、場合によっては難しいものとなって来るんですね。
点線国道・点線県道
谷川岳(天神平、ロープウェイ)といえば、遭難者数世界一という不名誉な記録を持つ”魔の山”とも呼ばれる山岳地帯ですが、その谷川岳を含む谷川連峰上に位置する清水峠は、国道291号線上の”点線区間”=徒歩で通行する区間に含まれています。
国道や県道上の点線区間は、それぞれ”点線国道””点線県道”と呼ばれ、車両通行不能区間=徒歩通行区間を意味しますが、点線区間が要求する徒歩通行は、単なる街中のお散歩通行的なものではなく、しばしば通行人にそれなりの準備と経験を要求するタイプの登山が含まれます。
往々にして人の手が入らなくなって久しい状態にあり、用いられる”酷道”(国道を揶揄)や”険道”(県道を揶揄)という表現が言い得て妙だという雰囲気を醸すこともままあるのですが、国道291号線の場合、国道17号線が開通したことによって太平洋側と日本海側を結ぶルートの確保が出来たことから、現在に至るまでかれこれ100年以上延伸計画がとん挫し、放置されたままになっています。