開港場、旧居留地の跡
崎陽軒のシウマイと並ぶ横浜土産の定番、「ありあけのハーバー」が展開する「ハーバーズムーン」本店前の壁面には、

「旧横濱居留地183」の地番プレートが埋め込まれています。
居留地が法的に消滅した後に訪れた関東大震災、さらには戦後のGHQによる接収政策などの影響から神戸に比べると「旧居留地」の影が薄い横浜にあっては、比較的珍しい類のプレートですね。
改めて、かつてのこの界隈は山手居留地と並ぶ山下居留地の中心地区の一画であり、さらに遡ればそもそも旧横浜村の一部でもあったという「横浜の中の横浜」的エリアに該当するのですが、
- 当時の商工名録である『The Japan Directory』
- 当時を対象とした研究結果
など(※1)から「ありし日の横浜居留地183番」(および周辺)を紐解くと、特徴的な「かつての姿」が浮かび上がります。
1884(明治17)年の時点では、「ハーン商会」という英国系のパン屋さん・船具商・ホテル経営者が入居していた形跡が認められるのですが、総じて「各種商店」(中小の事業主が展開する形態)が長期にわたって立地し続けるという「伝統」を持っていたようです。
かつてジャーディン・マセソンが拠点とした「居留地1番」(※2)のような特定の巨大資本が居座る場ではなく、中小業者の商業地として比較的安定性の高いエリアであり、明治初期の地番整理の影響などから居留地の地番が安定しなかった時期も認められるものの、概ね開港以来の居留民の生活と共にあった、活気に満ちたエリアだった様子が伺えます。
翻って、現在の横浜ではどうか。
ハーバーズムーン本店横の道は、日本大通り方面に向かうと日銀横浜支店前に突き当たり、元町側に向かった場合には開港道ー南門シルクロードー前田橋と、道なりに一本で元町商店街へつながっています。
今でも「その昔の名残り」が感じられるといえばそういう風情とも取れるものが残されている形ですが、建物自体は中区役所の並び、横浜公園や象の鼻パークなどからもほど近いというエリアに残された「かつての足跡」です。
参考
- ハーバーズムーン公式サイト
- 国立国会図書館次世代デジタルライブラリー “The Japan Directory 1884“(※)
- 乙部純子 “横浜居留地における事業所の立地特性“(※)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】英一番館(ジャーディン・マセソン商会横浜支社)跡(※2)
- 【日本大通り/象の鼻】象の鼻パーク(日本大通り駅最寄り、大さん橋傍)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】近代横浜の始まり -横浜開港-
- 【横浜中華街/元町中華街エリア】開港道(中華街東門傍から大さん橋通り方面へ)
- 【横浜中華街/元町中華街エリア】南門シルクロード(横浜中華街から元町商店街へ)
- 【堀川に架かる橋/元町商店街・横浜中華街間】前田橋(元町商店街中央部-中華街朱雀門)
- 日本銀行横浜支店公式サイト “横浜支店の歴史“


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