about 山手の西洋館と西洋建築
横浜山手の西洋館
7館の西洋館
「横浜山手の西洋館」とは、概して、中区の山手町に通された横浜山手のメインストリート・山手本通り沿いやその付近に建てられた西洋館のうち、横浜市が指定管理者(※)を置いて管理している、以下の7館の西洋館を指し示します。
- 山手123番館
- 横浜市イギリス館
- 山手234番館
- エリスマン邸
- ベーリックホール
- 外交官の家
- ブラフ18番館
例えば喫茶「えの木てい」本店店舗や、現在は横浜共立学園の施設になっている山手214番館など、およそ「西洋館」である建物は他にも山手地区に複数存在しますが、その中でも特に観光色の強い施設としてピックアップされるのが、上記の7館です。
参考
- 公益財団法人・横浜市緑の協会(※) “横浜山手西洋館公式サイト“
- えの木てい公式サイト “えの木ていの歴史・建物について“
- 横浜共立学園公式サイト “山手214番館“
横浜山手の震災復興
現在の山手地区には、関東大震災(1923年=大正12年9月1日)後に建てられた西洋館が並んでいます。
現在の山手本通りのイメージはまた「震災復興の象徴」に被ってくる部分ともなるのですが、例えばえの木てい店舗や山手214番館、港の見える丘公園内の山手111番館、元町公園前の山手234番館、のちに現在地に移築されることになったエリスマン邸などは、すべて1927(昭和2)年前後に竣工しています。
震災の爪痕については、例えばエリスマン邸裏手に残された山手80番館の遺構などが当時の衝撃を今に伝え残していますが、「震災を境に歴史が分断された」かつての事情は、今も「旧居留地」が三宮の中心部でビジネス街や繁華街に溶け込んでいるという、同じ開港都市である神戸とは好対照の個性へとつながっています。
震災後の再建において山手の西洋館に多大な影響を与えた建築家としては、J.H.モーガンさんを挙げることが出来ます。
参考
- 【街歩きと横浜史】近代横浜の始まり -開港場と周辺エリア-
- 【街歩きと横浜史】近代横浜の始まり -開港地での共存-
- 【街歩きと横浜史】開港都市・横浜の発展と関東大震災
- ブラフ講と、山手80番館遺構(元町公園内)
- 横浜山手とJ.H.モーガン(西洋館と山手本通りの街並み)
ロケーションと西洋館めぐり、”そのほか”の西洋館
通り沿いとその近辺に西洋館が密集しているという山手本通りは、みなとみらい線・元町中華街駅からJR根岸線・石川町駅の間にかけてのエリアに点在しています。
そのため、西洋館めぐりの無難なおすすめルートは、
- 元町・中華街駅を起点とするか
- 石川町駅を起点とするか
ざっくりこの二通りとなります。
港横浜の観光地として
山手本通り歩き・西洋館巡りでは、主に桜の開花、花壇の花々、紅葉巡りの他、季節ごとに開催される各種イベント等を楽しむことが出来ます。
横浜山手の場合、観光地然としていないところに魅力を感じるという人が、特に町づくりを推進・研究している人などにも多いようで、その方針が概ね好評を博しているように伝わります。
「お財布に優しい観光地である」ことは、万人にとってありがたいポイントですね(ただ、この傾向は近年若干変わりつつあるようです)。
西洋館毎に無料パンフレットも色々置かれているので(その一部は、現在ネット上でも手に入ります ※)、クリアファイル等を持参すると、西洋館巡りが捗るかもしれません。
参考
港の見える丘公園内
山手111番館
横浜市イギリス館
元町公園界隈
山手資料館


山手234番館
エリスマン邸
ベーリックホール
えの木てい本店(喫茶店)













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