【横浜街歩き/沿線風景回顧】ちょっと懐かしい横浜公園とベイスターズ

みなとみらい線沿線の四季

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分58秒です。

【横浜街歩き/沿線風景回顧】ちょっと懐かしい横浜公園とベイスターズ

ガーデンネックレス=みなとガーデンと横浜公園

今(2021年2月)から約4年前、正確には3年10か月前、2017年4月の横浜公園の風景です(日本大通り側から)。

スタジアムの隣に写っている関内駅前の横浜市役所がまだ現役だったことも、今となっては「なつかし要素」に挙げられそうですが、あとから振り返ってみると、この2017年という年は、横浜在住のベイスターズファンにとっては中々記念すべき年になりました。

まず最初に、横浜在住という部分から。

この年初めて横浜で「ガーデンネックレス」が開催され、以降、毎年春の定例行事化しました。

初年度のこの時点では市民一般はそのようなことを知る由もなく、ガーデンネックレスは一発イベントだという認識の下、「今年の春は随分華やかな春になったな」といったような心持ちで春を味わっていました。

2017年春といえば丁度このサイトの更新を始めた時期にもあたるのですが、ブログ記事の一発目のネタが、まさにガーデンネックレスでした。

そんな意味でも、今振り返ると中々感慨深いものがあります。

【横浜街歩き/みなとガーデン】日本大通の春
【横浜街歩き/みなとガーデン】日本大通の春 静岡出展の富士山を、ふもとから。 横から。 "ロマンティックガーデン" 「キングの塔」(=神奈川県庁本庁舎)前の...

訪問者の大半にとって、来年もまたやってくれたらなぁ・・・、という思いが割と切実なものになったのであろうことにしても想像に難くない部分がありますが、結果としてイベント自体が成功裏に終わり、かつ好評を博したということで、翌年以降も開催継続が決定し、今に至ります。

梅の季節から桜の季節へと進み、さらにはその先にチューリップの季節、初夏のバラの季節、百合の季節が待っているという、畳みかけるような「春」の演出は、中々見事でしたよね。

横浜市が主催する形での翌年以降の開催が決まったのも同じ2017年じゃなかったかと記憶していますが、初年度は国の肝いり(国土交通省提唱、都市緑化機構主催)だったこともあってか、相当華やかでした。

翌18年開催以降規模こそ縮小されてしまいましたが、基本的な雰囲気は今に継承されています。

 

 

2017年のベイスターズ

元々歴史的にはクリケット場から野球場へという流れを持つ横浜スタジアムだけあって、2017年のガーデンネックレスは野球関連の展示にもかなり力が入っていました。

この年(2017年)のベイスターズの健闘は、ファンにとってはまだまだ記憶に新しいところではないでしょうか。

シーズン終盤、ポストシーズンを前にして新たに設定されたチームのスローガン”OUR TIME IS N.O.W.“も、そのPVも、滅茶苦茶カッコ良かったですが、ベイスターズにとっての2017年は、NPBクライマックスシリーズ(2007年初開催。以下CS)開催9年目にして初出場した前年2016年に続き2年連続出場を決めたシーズン、かつCSからの日本シリーズ初出場を勝ち取ったシーズンでした。

中畑キヨシ政権最終年にあたる2015年は5月に単独首位に浮上(しかし以降振るわず)、その翌年2016年にラミレス政権下のチームが初のCS出場を決めた翌年だったということもあり、「今年こそは!」の期待が強かった中でしぶとくAクラス入りすると、ポストシーズンは死闘の連続となりました。

まずはCSファーストステージ、雨の甲子園での連戦ですね。

雨天中止・順延としたくてももう日程がカツカツで、これ以上詰めようがなくなってしまっていたという状況下。「甲子園 泥試合」でGoogle画像検索すると今でもこの年のCSファーストステージ第二戦の画像だらけになるという、ある意味伝説のCSを阪神タイガース相手に戦うこととなりました。

しかし「語り草」はそこでは終わらず、その後の日本シリーズ、vsソフトバンクホークス戦に続きます。

ちなみに2017年のホークスと言えば、工藤政権3年目にして3シーズン全てAクラス(優勝2回、二位1回)、2010年代最多のシーズン94勝(勝率.657)、エース千賀の勝率は.765(シーズン13勝4敗。リーグ最高勝率)、クローザーのサファテはシーズン54セーブ(現在も日本記録。66試合登板、防御率1.09)、中継ぎ陣も盤石、チーム本塁打数ではデスパイネ(35本。ホームラン王、打点王)、柳田(31本)、松田(24本)と、チームの中軸とその付近にいるバッターだけで90本(チーム本塁打数はパリーグトップの164本)、2015年以来チームのキャプテンを務め、チームのリーダー的存在だった4番内川は、数字的にはややピークを過ぎていたもののそれでもまだまだ十分全盛期に近い働きが期待できる状態だったなど近年最強と評されることも多く、ネットではしばしば「完全体ホークス」などと言われるチームとなっていました。

日本シリーズ開幕早々ヤフオクドームで二連敗、ハマスタに凱旋した第三戦でまたしても負けてしまった、しかも相手が近年最強と言われたシーズン94勝のホークスだとあって、ここでなんかもう、気持ちが切れかけてしまった、あるいは切れてしまったベイスターズファンも少なくなかったのではないでしょうか。

もう日本一はいいから、せめて4タテだけは回避してくれ、というように。

大激戦となった、タイガース相手の甲子園ファーストステージを戦った後、広島でどこかあっさり日本シリーズ出場を決めた後は、そのまま福岡のヤフオクドームでシリーズ開幕、そしていきなりの二連敗。

甲子園→広島→福岡という、横浜から遠ざかる形で進む長い遠征後にようやく本拠地に帰ってきた、そこで第三戦ではとうとうがけっぷちになってしまったということで、どのみち試合前の気分的にはろくなものじゃなかったなんてベイスターズファンが大半だったような記憶がなくもないですが、ベイスターズファンにとっての2017年の日本シリーズは、実質ここ(第四戦)から開幕します。

第二戦、第三戦も接戦だったのですが、結局ベイスターズは連敗しました。

試合ごとの見せ場はあったとしてもいい記憶に残る形での見せ場にはなり得なかった、せめてもう少し早くお目覚めしてくれればと、今からすると思わなくもないのですが 笑、ここからの三試合が後の語り草となっていきます。

まず背水の陣で臨んだ第四戦と、その勢いで臨んだ第五戦。

2016年の「ハズレ・ハズレ(明大・柳、桜美林大・佐々木の重複指名後の指名)」ドラフト一位ルーキー・濱口遥大投手(2017年はシーズン10勝6敗の大活躍)のノーヒットノーラン未遂(8回1アウトまでノーヒットノーラン)を含む二安打零封でシリーズ初勝利・完勝すると、翌第五戦は先制された後に逆転し、再逆転された後に再々逆転して逃げ切るという大接戦。

三連敗の後に実力で押し切る二連勝で踏ん張って、再びヤフオクドームへ。

あるいはひょっとするとひょっとするかもしれないというような、第六戦前にはそんな気分になっていた記憶もありますが、二回にはやっぱり地力が違うのかと思わされるような先制(ホークス・松田のソロホームラン)をされた後、5回には(この日意表を突く形でスタメンに抜擢された)白崎の、まさかのソロホームランで同点、その後ロペスの二点タイムリーで3-1と逆転。

ベイスターズサイドの気分は最高に盛り上がり、これまじでこのシリーズ行けるわ! なんて思い始めた瞬間でした。

その後9回裏1死まで、ベイスターズ2点リードのまま試合は膠着。最終回のマウンドは、シーズン中には深刻な不調も経験したとはいえ、結果的に無二の守護神となって帰ってきた山﨑康晃(シーズン4勝2敗26セーブ)に託されます。

この時点でほぼ「このシリーズ行けるわ!」が確信に変わり始めていたわけですが、山﨑康晃がベイスターズ最後のイニングのマウンドに立っているという時点で、試合自体は最後のヤマ場を迎えています。

まだ試合は決まっていない、どころか最後の見せ場を迎えている段階であるだけに「行ける!」のは「ここを乗り切れば!」という条件付きの話しになってくるのですが、ここで迎えたバッターは、この日3打数0安打(1三振)と全く振るわなかった、ホークス4番内川でした。

この日限定で言えば、イケそうだといえばイケそうな相手に見えなくもない(だからそのことも、ファン目線と共にある「イケそうだ」という気分をなんとなく後押ししていた感じでしょうか)、とはいえ逆に3-0だったからこそ怖い相手でもあった(さすがにそろそろなんか来るんじゃないか)という、なんとも不気味な相手に、気合の塊だったベイスターズ・抑えの切り札が相対していました。

この日ここまでの内川は確かに沈黙していたのですが、状況が状況で、かつポテンシャルと実績がずば抜けたものだっただけに、観戦していて一球一球がスリリングだったことは今でもなんとなく覚えています。

ちょっとでも気を抜いたら、あるいは何かをミスってしまったら即やられる、そんな感じですよね。

そして、カウント1-1から内角低めギリギリにコントロールされた、キレッキレの、結果論から言うなら運命のツーシームが投じられます。

ちなみにツーシームとは、今もヤスアキ投手の決め球となっている、縫い目に指を添わせるようにボールを握って投げる、落ちる速い球です(右投手の場合右方向、左投手の場合左方向に曲がるように落ちます)。比較的最近よくその名が聞かれるようになった変化球で、それ以前からの変化球との比較だと、シンカーに軌道や握りが似た(ほぼ同じ?)変化球です。

鋭い軌道で絶妙なコースにカクンと落ちるツーシーム、「これは打てないだろう」というような球だった記憶があるのですが・・・(実際、内川選手が並以下の打者であれば、空振りか、あるいはボテボテの内野ゴロ程度が関の山だったでしょう)。

まさにその球だけを待っていた、ベイスターズにとっては因縁の相手でもある希代の好打者・ホークス内川によってレフトスタンドに運ばれてしまいます。

後年、内川選手自身がその打席のことについて元・大洋ホエールズの高木豊さんの動画で語っていましたが、打席に立った時の直前までの状況を考え、「ツーシームが来る」ことを読み、ヒットではなくホームランを狙い打ったようです(ちなみに高木豊さんも、内川選手が”ヤスアキ”のツーシームに的を絞り、ホームランを狙い打ったことをわかっていたようです)。

こういうの、貫禄の「読み勝ち」というんですよね。

読めば打てるというものでももちろんないでしょうが、バッティングの技術だけではだめ、読むことが出来るだけでもダメ、スキルがあって読みがあり、さらにはそれを実行に移す思い切りというか度胸があって初めて成立したプレイだったわけです。

リーグでも屈指の抑えの切り札が自信をもって投げた完璧な決め球を狙い打った、まさかの同点ソロホームラン。

投げる方が投げる方なら打つ方も打つ方だという、まさに「プロ対プロ」というにふさわしい勝負だった気がしますが、軍配は現ベイスターズの山﨑ではなく、元ベイスターズ、ホークスキャプテン(当時)の内川に上がりました。

この後9回から11回まで、ホークスの最強クローザー・全盛期のサファテがシーズン最長となる3イニングをしっかり抑えた後、延長11回裏にはこの日4打数3三振と全く振るわなかったホークスのセカンド川島がライト前にサヨナラヒットを打って、試合を決めます。

この試合の最後を川島が決めたというのは恐らくホークスファンの記憶に鮮明に残るところじゃないかと思いますが、ベイスターズファンにとってはそれ以上に、9回1アウトからの内川のソロホームランが鮮明に記憶に残るところじゃないかと思ったりもします。

シーズンを通じて成長し、ポストシーズンの激戦を通じてさらに強くなっていったという感のある2017年の若いベイスターズ、その象徴の一人でもあった抑えの切り札ヤスアキに対し、球界最強球団として君臨していたホークスの熟練キャプテンとして、若いベイスターズの前に立ちはだかり、最後の最後で「ベイスターズ優勝」への望みを打ち砕いた、前横浜ベイスターズ所属のホークスキャプテン・内川。

「かつての内川」ということであれば、それこそ、今のベイスターズにいたとしても不思議はないような選手だったんですよね。だがしかし、ということで「かつてのベイスターズ」での台頭後に色々あって、結果的にホークスへのFA移籍を経てホークスの主力となり、2017年に至っているわけです。

現実は、かの有名な”内川コピペ“以上にドラマチックだったということでしょうか。

サヨナラ勝ちを決めたのは川島だったとしても、内川のソロホームランがあまりに絵になりすぎていたということで、「内川にやられたシリーズ」として記憶に残っています、なんてベイスターズファンにしても少なくないでしょう。

あれから4年。

もう一度「内川のホークス」と日本一をかけて対戦するベイスターズを見たかったと思うことも一度や二度ではなかったのですが、その内川選手も昨年限りでホークスを退団し、今シーズンよりヤクルトスワローズの所属選手となりました。

思えば色々ありましたよね、なんて結び方も出来そうですが、そんなシーズンが来るとはまだ夢にも思っていなかった、2017年4月時点のスタジアム周辺風景です。

2017年は”This is my era”(≒今年は自分たちのシーズンだ)という年間スローガンが、結果として有言実行になった一年でした。

あそこまで野球観戦に熱くなったのは、マシンガン打線と”大魔神・佐々木”を擁して38年ぶりリーグ優勝と日本一を決めた1998年以来だった記憶がありますが・・・

横浜一心“がスローガンとなった今年、”永遠番長”三浦監督指揮下のベイスターズにも期待しています!

タイトルとURLをコピーしました