元町中華街駅屋上と、かつての横浜
about アメリカ山公園
全国初の”立体都市公園”
アメリカ山公園は、みなとみらい線・元町中華街駅のビル屋上に位置する公園です(年中無休/6:00~23:00開園)。
“山手町(山手本通り)エリアへのショートカット上に位置している”抜群のロケーションは、もちろんそのまま公園一流の魅力に直結している部分ですが、従来であれば”公園”にはなり得なかったところ(=駅ビルの屋上)に位置する公園であるという先進的な側面もまた、”アメリカ山”の特徴的な個性となっています。
山手町側から進む分には地続きになった普通の公園でありながら、元町側、つまり駅側から進んだ場合にはビルの屋上が公園になっているという点、「国や地方によって整備され、行政法上”都市公園“に区分される(※1)」という公園の中でも、アメリカ山公園は全国初の立体都市公園として開園しました。
ちなみに立体都市公園とは、2004(平成16)年に新たに創出された”立体都市公園制度”(※2)に基づいて作られた公園のことで、建物の屋上や都市公園の地下、あるいは人工的な地盤上など、何かしら立体的な地盤の上に設置されることをその特徴とします。
アメリカ山公園一帯の地形を俯瞰すると、まんま当てはまる感じの条件ですね。
地面の上にそのまま設置されるという従来の公園の原則的なあり方に対し、立地に関してはその例外に当たる公園が”立体都市公園”ですということで、これまでとは違った形で今後増えていくことが想定される、そんな公園の”第一号”設置について、みなとみらい線、元町・中華街駅の屋上エリアに白羽の矢が立つことになりました。
参考
- アメリカ山公園公式サイト
- みなとみらい線 元町・中華街(山下公園)駅 -駅基本情報、ロケーション、交通案内-
- e-gov “都市公園法” 第二条(※1)
- e-gov “都市公園法 第三章”(※2)
- 国土交通省 “立体都市公園“(※2)
- 横浜市公式サイト “あらたな手法・あらたな賑わい“
公園名の由来
公園名の由来は、開港間もない時期にアメリカの公使館建設予定地となったこと、および実際にこの地がアメリカ公使館付書記官アントン・L・C・ポートマンの居住地となったという、開港期の事情に遡ります。
第二次世界大戦終戦後、長らくアメリカに接収されていたこともあるいは”命名の事情”に含まれているのかもしれませんが、要は“アメリカゆかりの地であった”ことからの命名ですね。
用地が1971(昭和46)年に日本側に返却されると、横浜開港150周年の年である2009(平成21)年に”アメリカ山公園”が一部開園、2012年(同24年)には全面開園されました。
余談として、アメリカ山公園用地が持つアメリカとの縁の元祖にあたる公使館付書記官・ポートマンは、幕末期の日本において、当時の幕府に鉄道敷設計画を提案した人物です(ただし、残念ながらポートマンのプランはいくつかの問題点が指摘されたことによって廃案となり(※)、最終的にはイギリス案に取って代わられました)。
参考
公園へのアクセス
最寄り駅 | みなとみらい線・元町中華街駅(アメリカ山公園口) JR根岸線・石川町駅(元町口) |
最寄りバス停 | あかいくつ号/横浜市営バス20系統/神奈中バス11系統の”元町入口”バス停が、元町中華街駅・元町口(アメリカ山公園出口傍の改札)の改札傍に位置しています。 参考:沿線を走る路線バス、沿線を走る観光バス |
レンタル自転車等 | 港の見える丘公園・フランス山地区入口傍にベイバイクのポートがあります。 |
公園内の様子
山手本通り側入り口付近

山手本通り(山手町)側の入り口です。
入り口に向かって左手には元町商店街付近との間が結ばれた見尻坂が通されているので、見尻坂(元町商店街)経由でもアメリカ山公園に進むことが出来ます。

入口付近には公園内の地図や周辺案内図も用意されています。
アメリカ山公園は駅ビルの屋上に位置している公園であるという、”駅近立体都市公園”を感じさせられる一画ですね。
参考
公園内へ

山手町・山手本通り(見尻坂、外国人墓地等)側入口から公園内に入った場合、正面がみなとみらい線の元町・中華街駅方面です。
進行方向(直進方向)には”駅への最短ルート”が用意されていますが、突き当たりの芝生エリアを挟んで左側には遊歩道が用意されています。

遊歩道沿い左手にある花壇の向こう(花壇の左側)には外国人墓地隣の坂道・見尻坂が通されていますが、

公園内にも緩い傾斜があるので、微妙に“ブラフ”(切り立った崖)の端を感じさせます。

観光地の玄関口でありながら、同時に住宅街・文教地区と駅改札を結ぶ動線上にもあたるというアメリカ山公園にあって、中央の”芝生エリア”はそのどちらの需要にも耐え得る空間となっていますが、

遊歩道沿いの芝生や花壇の雰囲気、さらには正面に見えるマリンタワーが醸す雰囲気等々からは、観光地に位置する公園としての個性が伝わります。
参考
遊歩道沿い、壁面に架けられた写真・地図

遊歩道沿いの壁には、
開港当時の横浜を物語る絵や地図が、


3枚ほど飾られています。
いずれも、横浜山手が外国人居留地として近代の幕開けを迎えた頃を思わせるものですね。
参考
エレベーター傍の小スペース

山手町側から入った場合には公園奥、元町側(駅側)から入った場合にはエレベーター降りて右手には、

小さめの芝生スペースも用意されています。
平日であれば空いている時間も多いという、プライベート感高めの空間となっています。
観光前に一息入れたい、あるいは帰路に着く前に一息入れたいなんて場合、お勧めスポットの一つに上がって来るスペースですね。
元町貝塚について
アメリカ山公園造園時、新たに(縄文中期のものと推定される)元町貝塚が発見され、土器をはじめとする様々な道具が出土しました。
市の調査によって、
- 「もともと元町貝塚として知られていた貝塚は、今回の調査区の外側、南西部の斜面にあり、そのまま保存されることになりました。今回新しく発見された貝塚は、従来知られていた貝塚の北東約30m、尾根を挟んだ北東部斜面にあり、東西7m南北18mほどの規模をもっています。この発見によって、元町貝塚は、南西斜面と北東斜面との、2か所の貝塚から成る遺跡であることがはっきりしてきました。」
- 「この2つの貝塚から出土する土器は、いずれも縄文時代中期前半(約5,000年~4,500年前)に属するものが中心となり、2つの貝塚は、ほぼ同時期に尾根をはさんで北西と南東の斜面に形成されたものと考えられます。」
- 「貝層からは、縄文時代前期末から縄文時代中期中ごろまでの土器片が比較的多く見つかりました。主体となる土器は、平塚市の五領ヶ台貝塚から出土した土器を標式とする「五領ヶ台式土器」と呼ばれるもので、縄文時代中期前半(約5,000年~4,500年前)に属し、細い隆起線や半截竹管文(はんさいちくかんもん)・三角形沈刻文(ちんこくもん)などの文様が特徴的です。」
とまとめられています。
参考(引用元)
- 横浜市ふるさと歴史財団・埋蔵文化財センター『埋文よこはま21 2010年2月28日号』
タグ