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【00年代の函館 その8】石川啄木と立待岬(函館山南東部、津軽海峡を見渡せる崖)

日帰り旅/国内小旅行

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【00年代の函館 その8】石川啄木と立待岬(函館山南東部、津軽海峡を見渡せる崖)

石川啄木・居住地跡と一族のお墓

石川啄木と函館

函館縁の人物の一人に、明治の世を生きた歌人である石川啄木がいます。

岩手県出身の石川啄木と函館の縁は、函館市中が大火に見舞われた不運などもあって、明治40年の5月から9月までとなってしまったという、わずか4か月ほどのものではありましたが(参考:函館市文化・スポーツ振興財団石川啄木“)、居住地跡を示す案内書きが市内中心部(護国神社坂傍)に残されていると同時に、

一族の墓が津軽海峡に面した立待岬にあり、

歌が刻まれた墓碑が置かれています。

立待岬からの風景

立待岬(函館市公式観光情報立待岬“)は、地理的には函館市のはずれに位置しているのですが、かといって市の中心部からそこまで遠いということもありません。岬の先端までいくと、視界一面に津軽海峡を望むことが出来ます。

冬季の場合、海上に低く垂れこめた雲の隙間から陽が差すこともあるという”北の海”を連想させる一帯となってはいても、雪の季節以外や快晴日であれば、爽やかな絶景が期待できるスポットですが、道中にはお墓の真ん中を進む道などもあるので、季節や時間帯によって、若干(?)来訪時のイメージは変わるのかもしれません。

アクセス

石川啄木居住地跡

石川啄木一族の墓

立待岬

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