【港町の日常】ほんのちょっとだけ懐かしい本牧エリア

三渓園と本牧エリア

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【港町の日常】ほんのちょっとだけ懐かしい本牧エリア

ということで、先日懐かし写真をあげてみたら、少しだけフォルダ回顧が捗ってしまって、またまた懐かしい写真を見つけました。

在りし日の、というよりは最末期のマイカル5番街、右側には”コナミスポーツクラブ”の看板があります。

旧マイカル本牧5番街、今のベイタウン本牧5番街の前身(?)ですね。

ちなみにこの写真は2005年のものですが、この写真の翌年にコナミが閉店になって、5番街全滅・・・みたいな感じだった記憶があります。

この頃って、確か5番街で残っていたのは実質コナミくらいだった記憶がありますが、何を隠そう元本牧コナミの会員だったもので、そんな意味での懐かしさが強いです。

元々マイカル5番街のスポーツクラブがコナミになる前は、後の「コナミスペース」(五番街五階・六階)にこれまた別のスポーツクラブが入居していたようですが、コナミ亡き後には、旧コナミの居抜き物件にはフィットネスクラブが入れ替わり立ち代わりという感じで入った後、今もまたフィットネスクラブが入っています。

本牧地区が長らくの接収期間を経て日本側に返還されたのが「円安ドル高最盛期」の82年、戦後経済の大きな転換点となった「プラザ合意」の85年を経て、マイカル本牧の開業が「バブル経済絶頂期」の89年4月、その後色々あって”マイカル本牧”が完全消滅したのが3・11直前の2011年2月だったことを思うと、一帯は横浜市内でも有数の”失われた20年”象徴エリアであるともいえそうですね。

その意味では、まさに「バブル在りし日」が完全に消えようとしていたころのマイカルの様子なのですが、通っている当時はクラブ内部のアットホーム感に魅力を感じる形で、道中や周辺風景はさほど気になりませんでした。

むしろ人気のまるでなくなったかのようなマイカル五番街に対して、まんま「放課後の部活」感覚のスポクラ通いの目的地として、違和感を感じるどころか好感すらもっていた記憶があるのですが、今改めて客観目線で外部のビジュアルを振り返ってみると、なんだかんだこのころって既に割と廃墟っぽかったですね 笑。

だからこそスポーツクラブにもアットホーム感があったということなのかもしれませんが、今現在やや持ち直しているようにも見えることを考慮に入れれば、00年代~10年代にかけての時期って本牧原界隈が一番寂しかった頃かもしれません。

本牧通り沿いに関しては、この辺も結構雰囲気変わりましたね。

裏手はすぐ立体駐車場で、

そのさらに裏手にあるのが本牧山頂公園です。

こちらはどこか、相変わらずといった感じです。

追伸として、つい先日、ポケモンGOのフタチマル君とウォーキングしてきた山頂公園、山手駅方面側の風景です。

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