【箱根旧街道線沿い史跡巡り その4】樫木(かしのき)坂、見晴(みはらし)茶屋

旧街道と宿場町巡り

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【箱根旧街道線沿い史跡巡り その4】樫木(かしのき)坂、見晴(みはらし)茶屋

樫木坂、見晴茶屋のロケーション

箱根の七曲りと樫木坂

箱根の県道732号線は、箱根湯本の駅前(早川に架けられた三枚橋)付近と芦ノ湖畔傍(畑宿入り口信号付近)を結ぶ形で通された”箱根の山道”ですが、同県道上、西海子(さいかち)坂付近から見晴茶屋付近の間には、俗に”七曲り“と言われるヘアピンカーブの連続道があります。

車で通った時は「うわ、来た来た、これが箱根の山道だよ!」と感じる、あの部分ですね。

バスに乗車していても(七曲り通過時には)すごい道を走っているなと感じますが、自分で車を運転していると(特に見通しの悪い日没から明け方にかけての時間帯ですね)、この部分を通過することでかなり神経をすり減らしてしまうという、車であっても中々ハードな山道が”箱根の七曲り”です。

良くも悪くも箱根らしい道で、車”だったとしても”難所の一つにあたりますが、箱根旧街道・石畳の道は、このヘアピンカーブの連続道=七曲りを貫くように、畑宿の一里塚付近から須雲川に並行して一直線に伸びています。

といっても、”石畳=旧街道”は七曲りの最初から最後までをまっすぐ貫くように通されているわけではなく、732号線の”七曲り”最下部で一度732号線に合流した後、しばらく七曲り沿いを進み、残り三つのヘアピンカーブを残したところで道沿いに通された急角度の階段坂へと分岐します。

写真右が七曲り、左が旧街道石畳沿いに作られた階段坂です。

逆に”石畳”ルートで七曲りを下ることを考えた場合、七曲りの比較的上部で七曲りに合流し、七曲りの最下部で七曲りから分離後、畑宿の一里塚を目指してまっすぐ下に降りていくことになりますが、

七曲りの途中で七曲りから分岐、あるいは七曲りに合流するこの階段坂が、

“樫木(かしのき)坂”です。

その昔は”樫の木の さかをこゆればくるしくて どんぐりほどの涙こぼるる”と謳われたほど、キツい坂道となっていることに特徴があります。

今の七曲りを見ていてもある程度の察しはつきますが、箱根八里(旧東海道の小田原宿から三島宿までの間)が東海道一の難所だと言われた故が、まさにこの樫木坂にあるということのようです。

舗装された道を車で走ってもなお難所だと感じる道、況や徒歩での通行をやという感じですね。

ちなみに箱根登山バスの旧街道線(公式サイト)”樫木坂”バス停は、七曲りの丁度真ん中付近に置かれています。七曲りを歩いて上る場合、バス停からもう少し上ったところに樫木坂があります。

 

見晴茶屋

県道732号線沿いから伸びた樫木坂(あるいは七曲り)を上りきると、

箱根八里随一ともいえる難所を登り切った後に相応しい景観を持つ一帯へと抜けます。

樫木坂方向を望める高台はかつての見晴茶屋跡で、一帯は樫の木平と呼ばれていたようです。

つい最近まで営業していたお茶屋さんもあったようなのですが、残念ながら、現在は閉店してしまったようです。

やや寂しくなってしまった樫の木平=見晴茶屋一帯ですが、今も幾つか石碑が残されています。

うち一つは、”箱根八里記念碑”、小澤征爾さんの言葉が刻まれた碑です。

記念碑は、この碑の他、いわゆる箱根八里(旧東海道の小田原宿・三島宿間)に全部で8つあるようです。

もう一つは、

“県道湯本元箱根線道路完成記念”とありますが、他ならぬ県道732号線の開通を祝して作られた石碑です。

見晴茶屋の前には、箱根登山バス・旧街道線の見晴茶屋バス停がありますが、

樫の木坂を登ってしまうと、芦ノ湖に向かう道中、しばらくは穏やかな道が続きます。

この区間、旧街道の石畳は写真左側に通されています(茂みの中に、階段坂や石畳道が整備されています)。

アクセス

樫木坂

 

見晴茶屋

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