【00年代の函館 その4】金森赤レンガ倉庫

北海道の港町/00年代の函館

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【00年代の函館 その4】金森赤レンガ倉庫

今から約15年ほど前の、函館の風景です。

金森赤レンガ倉庫

“港町”函館と横浜の共通項

歴史的な地域行政の中心地(基坂)があり、”元町公園“があり、ペリーとの縁があり、西洋館や西洋風の建築物(ex.旧函館区公会堂)が名物となっていて、ヴィクトリア朝時代(大英帝国全盛期)に日本との外交がスタートした近代イギリスの足跡が残されているなど、港町・函館には、同じく港町である横浜との共通点が多々あります。

横浜であれば、それぞれ順に、日本大通り元町公園開港広場山手本通り沿いに残された西洋館、横浜市イギリス館旧イギリス総領事館等ですね。

他にも、中心部にキリスト教系の教会が多いことや、最も本質的な部分である”港”を持つ都市であることなど多々共通点はありますが、今となってみれば、それらの共通項の中にあっても決定打というか顕著なものの一つに挙げられるのが、”地域名物の赤レンガ倉庫”があることではないでしょうか。

横浜にはいわゆる赤レンガ倉庫がありますが、函館には金森(かねもり)赤レンガ倉庫(公式サイト)があります。

 

金森赤レンガ倉庫の歴史

金森赤レンガ倉庫は、明治2年に開業した舶来雑貨等の販売店である、金森洋物店(函館市公式観光情報旧金森洋物店“)にその起源があるとされています。

“倉庫の起源がある”という表現(”起源”については公式サイトからの引用です)には、どこか微妙な不透明感が含まれていますが、「金森洋物店の大繁盛が、結果として後の金森赤レンガ倉庫を生み出すこととなった」の意です。

明治2年から函館の地に現在の赤レンガ倉庫があったわけではなく、まずはじめに金森洋物店の事業ありき、ついで貿易規模の拡大とその恩恵によって、後に(明治42年に)現在の金森赤レンガ倉庫が生み出されました。

一連の流れには、金森洋物店の創業者である渡邊熊四郎さんの個性も、大きな影響を与えています。

渡邊熊四郎さんは、九州・大分の出身でありながら縁あって箱館に渡り、以降箱館・函館にて商業に従事していくこととなったのですが、つまりは渡邊熊四郎さんにとって、故郷を離れた新天地での最初の事業が、金森赤レンガ倉庫のルーツとなる金森洋物店の創業・運営でした。

特徴的な点としては、函館の金森赤レンガ倉庫は個人の営業用途でスタートしている、いわば営利目的の施設でありながら、「私益を公益にも還元する」狙いが含まれていた点が挙げられます。

渡邊熊四郎さんは、貿易で莫大な利益を上げながらも、公共の利益のために働くことにも余念がなかったようで、学校、病院、公園、新聞社、水道、工場など、地域発展の土台となるべく施設、情報媒体、インフラ創設のため、多々私財を投じられたんですね。

なので、背後の事情まで斟酌するのであれば、金森洋物店や赤レンガ倉庫事業は、純粋に私的な営利目的のための事業だったというよりは、結果的に公的な含みとの関連も含まれることとなりました。

多大な業績によって”函館四天王”(函館市公式観光情報函館四天王像“)の一人としてたたえられたという、いかにも昔気質の名士という渡邊熊四郎さんのふるまいあってこその部分ですが、当時の時勢に乗る形で大繁盛していた金森洋物店は、やがて倉庫営業に乗り出します。

既にあった倉庫を買い取る形でスタートした倉庫営業は、明治24年には倉庫を増築し、より大規模な事業へと発展しますが、明治40年、不運にも函館市内が大火に見舞われます。

この時、既存の倉庫も6棟が焼失してしまいました。

ということで大火後の明治42年、大火からの復興の一環で、現在の赤レンガ倉庫が誕生します。

以降、倉庫としての利用が昭和の終わりまで続いた後、昭和63年4月に”函館ヒストリープラザ”が開業、倉庫営業から現在の観光施設への切り替えが為されました。

(参考:金森赤レンガ倉庫公式サイト金森赤レンガ倉庫について“”金森赤レンガ倉庫の歴史“、函館市文化・スポーツ振興財団渡邉熊四郎(初代)“)

 

00年代の金森赤レンガ倉庫

雪の季節の赤レンガ前と、

雪の無い季節の赤レンガ前。

どちらもほぼ同時期の、同じ函館・赤レンガ前の風景なのですが、どこか違う街のような風情の違いを感じたりもします。

雪景色の赤レンガ倉庫には、ご当地バンドであるGLAYのバラードがピッタリはまりそうな雰囲気を感じなくもありませんが、なんとなくで感じる歌詞・曲の雰囲気的には、”ホワイトロード”(GLAY公式チャンネルホワイトロード“)が頭に浮かびました。

何分にも全盛期GLAYの曲は神(かみ)曲の宝庫なだけに、一概にどれがどうだと決めかねてしまう部分も無きにしも非ずです。冬の函館といって、歌詞的によりぴったりくるのは”winter again”(GLAY公式より)とかなのかもしれません(が、この辺は単に僕が知らないだけで、もっと他に”まさに”という感じの曲があるのかもしれません)。

確かに、

冬の函館というか、雪の季節の赤レンガ倉庫周辺には、ぱっと見の風景を眺めているだけでタイムスリップできそうな何かがあるようにも感じます。

今現在の風景でありながら、かつてを感じさせるような空気があるのではないかと。

横浜の赤レンガの場合は、”かつての倉庫街の中に、現在も残る赤レンガ倉庫”といった雰囲気を強く感じますが、函館の赤レンガの場合”港町の中に、街の持つ生活感と共にある倉庫”を感じさせるようなたたずまいが魅力的です。

すぐ傍には、”百万ドルの夜景“でおなじみ、世界三大夜景の一つが望める函館山があり(赤レンガ倉庫からロープウェイ乗り場までは徒歩圏内です)、

赤レンガ倉庫自体も、”市民の生活と隣り合わせ”というよりは、”市民の生活の中にある”雰囲気を感じさせます。

この写真を撮影した当時は、まだ横浜の赤レンガが新装オープンして間もない頃だったこともあって、すごく生き生きしたイメージが宿っていたことを思い出します。

 

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