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【横浜山手の公園】元町公園

元町公園

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【横浜山手の公園】元町公園

元町商店街側入口

元町公園は、「エリスマン邸と白い電話ボックス、桜、新緑、紅葉」に象徴される山手本通り側と、「プール、遺跡、茂み、坂道」で始まる元町商店街側で別の顔を持っているようにも見えるのですが、どちらも同じ元町公園です。

ということで、写真つきあたりが元町公園の中央の入り口、左側は「ジェラール水屋敷の貯水槽」です。

 

ジェラール水屋敷の貯水槽から元町公園入り口へ

ジェラール水屋敷地下貯水槽跡

開港期の元町公園一帯は、フランス人・アルフレッド・ジェラールさんのレンガ・西洋瓦工場が作られていた地であり、船舶への給水を行っていた貯水槽が置かれた地でもありました。

「ジェラールの水屋敷」から給水された山手の湧き水はかなり良質の水だったようで、ミナト・ヨコハマの知名度を世界的なものにすることにも一役買っていたようですが、残念ながら、現在はワシン坂の湧き水同様、飲み水としては使用できないとのことです。

ちなみに当時の横浜山手と井戸の関係は、ビヤザケ通り沿いにある北方町のビール井戸や、横浜地方気象台敷地内にある井戸跡などにも、井戸の遺構という形でその跡が残されています。

元町公園入り口付近にある「水屋敷の貯水槽跡」もかつてを偲べる遺構の一つで、かつての貯水槽の回りを歩くことが出来ますが、

現在は、中で鯉が泳いでいます。

 

元町公園入り口付近

キーワードが”湧き水””ジェラール”となった一帯は、元町公園入口をまたいで続きます。

写真の奥方向(右上)には額坂につながっていく坂道、手前(左側)奥方面には貝殻坂につながる坂道がそれぞれ通されていますが、元町公園の入り口は両坂道の間に位置しています。

元町公園内、プール入り口付近からの眺めです。写真の正面が元町商店街方向です。

中央には水を流す溝や遊歩道で作られた”せせらぎ広場”があり、向かって左側には遊具と石碑があります。西洋館の庭園か、あるいはちょっとした遊歩道の趣が強くも見える山手本通り沿いのエリアと異なり、普通の公園っぽいのが特徴です。

元町方面に向かって公園内左側にある石碑は、「塗装業発祥の地」を記念した碑です。

せせらぎ広場中央に位置している溝は、かつての湧き水の経路をイメージして作られたもので、この溝の下に「ジェラールの水屋敷」に向かう水が流れているようです。

 

ジェラールのレンガ工場跡と、今の元町公園

“かつての元町公園”では、現在の水泳場事務所付近がまさにジェラールの工場の中心地だったようで(現在は事務所のすぐ裏手にプールが、プールの向こう側には弓道場があります)、

「工場では色々な瓦が作られていた」ということが案内板で説明されています。

元々はレンガ工場・給水場だった一帯は、やがて明治の終わりから大正期にかけて映画の撮影所が作られたりもしましたが、湧き水の賜物で、給水事業は経営者を変えてそのまま続きました。

大きな転機は、大正12年(1923年)に発生した関東大震災にあったようです。

震災後数年を経過した昭和初め(1930年=昭和5年)に横浜市所有の公園として”元町公園”が開園し、現在に至りますが、公園内はこの付近から山手本通りに向かって、緑の多い一帯に入っていきます。

 

元町公園内から山手本通りへ

元町公園のプール入り口付近から山手本通りへは、およそ三通りの坂道が通されています。

一つはおよそ白い電話ボックスの周辺を目指す坂道、もう一つはエリスマン邸の裏側から横付近につながれた坂道で、残る一つが山手資料館の前付近を目指す坂道です。

それぞれ公園内の坂道、額坂貝殻坂が分かりやすい指針となりますが、この三つのルートはそれぞれが繋がりあっているので、丘の斜面にあたる部分を自由に往来できます。

 

自働電話・山手234番館前付近へ

公園中央付近(プール・弓道場より上部)から山手本通りへ向けて、丘の斜面に通された階段坂は、遊歩道が通された緑地を歩いているという雰囲気が強い一帯ですが、”山道”を少々歩くと、山手本通り沿い、横浜山手聖公会、山手234番館前へ。

今も元町公園名物の一つである、白い電話ボックスは、

東京・横浜間の電話開通100周年を記念して、時あたかも「ケータイ」前夜のポケベル時代、平成2年(1990年)に作られました。

「自働電話」とはかつての公衆電話の名称ですが、1900年=明治33年に、東京・京橋に初めて設置された電話ボックスが再現されたものです。

元町公園前、山手本通りの向こう側に位置しているのは、横浜市が管理する西洋館、山手234番館です。

山手234番館、電話ボックス、エリスマン邸があるこの付近一帯は、四季を鮮やかに感じられることも魅力です。春は桜の華やかさが目を引き、梅雨のしっとりしたアジサイの後は新緑が眩しい一帯になり、晩秋から冬の初めにかけては紅葉が鮮やかな一帯となります。

 

山手80番館遺構付近

ベーリックホールとの間に通された額坂の上り入り口付近にも元町公園の出入口がありますが、この出入口は、元町商店街側入り口から山手本通り方向に向かった場合、公園右側に位置しています。

公園内を歩いた場合、左手にプールを見ながら坂道を登った時にたどり着ける出入口の一つですが、

出入口傍には、外国人居留地時代の排水溝である”ブラフ講”の遺構が残されています。

この一帯はかつて谷戸(丘陵地周辺の谷状地)だったため、安全で快適な暮らしのためには、雨水が谷戸に流れ込まないような工夫が必要でした。

そこで、レンガ工場や給水場を作ったフランス人、かつて”水屋敷”の主であったジェラールさんによってブラフ講が作られたとされています。

現在の元町公園一帯は、ジェラールの工場跡地であると同時に、かつての居留地の中心部でもあったようです。

大正12年(1923年)に発生した関東大震災を境として、一帯がかつてと異なる姿を持つに至った今となっては少々寂しい話しではありますが、かつて元町商店街から外国人居留地の中心部に向かって通されていた元町百段の姿や、現在エリスマン邸の裏で遺構となっている山手80番館が、そのことを後世に伝えています。

山手80番館遺構奥に見えるエリスマン邸は、平成のはじめ(平成2年=1990年)にこの地に移築され、以降公園の名物となりました。

 

エリスマン邸付近

エリスマン邸の入り口横には、山手の西洋館や山手地区の案内が書かれた案内板が壁に埋め込まれています。

山手本通り側入り口付近から望むエリスマン邸は、緑に囲まれているように見えます。

公園出口の向こう側に伸びた道は、ビヤザケ通りにつながる道です。左側に見えるのは横浜雙葉学園の校門ですが、この一帯は横浜雙葉学園(小学校~高校)と、サンモールインターナショナルスクール(外国人学校)があるという文教地区でもあります。

 

山手本通り沿い、山手資料館付近へ(貝殻坂利用)

元町側から”貝殻坂“までのアクセスは、ざっくり二通りあります。

見尻坂の入り口付近で右側に伸びた道を道なりにまっすぐ進む行き方(公園入り口横を左折しても、この道にたどり着けます)と、元町公園内から貝殻坂を目指す行き方です。

後者の場合、外国人墓地に隣接したカトリック山手教会の墓地付近に、元町公園内からの階段坂が通されています。元町公園内では、横浜山手聖公会の前付近へと伸びた階段坂(山手本通りに向かって、公園内左端にある坂道)が、貝殻坂に最も近い坂道です。

 

公園内施設・開園情報

施設名 開園日・開園時間 入場料他
元町公園プール 7月14日~9月9日

9月3日~9月9日:9:00~17:00
それ以外:9:00~21:00

デイタイム(9:00~17:00):1時間200円
ナイター(17:00~21:00):1時間300円
元町公園弓道場 年末年始の他毎月第三月曜日休場
それ以外は8:45~17:30開場
個人・団体利用可、個人は1時間130円
希望者に初心者講習あり。10時間5000円。
詳細は公式サイトにて。

 

アクセス

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