【横浜街歩き/元町中華街エリア】イタリア山庭園

元町・中華街エリア

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【横浜街歩き/元町中華街エリア】イタリア山庭園

かつて(1880年~1886年)この地にイタリア領事館が置かれたことに因んで「イタリア山庭園」と名づけられた庭園には、外交官の家、ブラフ18番館、二軒の西洋館が建てられています。

ブラフ18番館は平成5年(1993年)に、外交官の家は平成9年(1997年)に、それぞれ移築されました。庭園自体の整備・開園も移築に合わせたもので、比較的新しい庭園です。

外交官の家前に作られている庭園は、庭園名にちなんでイタリア式の庭園(左右対称の幾何学構造、人工物の配置、階段滝の造成など)として整備されています。

山手本通り側の入り口から入った場合、左側の門を入ってすぐのところにあるのが外交官の家です。

中央にある門はブラフ18番館前につながるメタセコイアの並木道への入り口で、右側は大丸谷坂方面と結ばれた下り階段です。

左側入り口から入った先、外交官の家前は庭園になっていて、

小さい遊歩道が整備されている他、

花壇では、毎年春秋のシーズンにバラが楽しめます。

上写真でバラの背後にあるのは、外交官の家=旧内田邸の、現存する洋館部分です。

洋館の手前側(上写真左端の建物)は本来和館部分だったらしいのですが、横浜への移築を前にして既に解体されてしまっていた上、設計図もなく復元不可能だったことから、新たに増築された部分が”ブラフガーデンカフェ“として使われています。

カフェ内部から。

写真左側がイタリア風庭園エリア、右手がイタリア山庭園や外交官の家入り口エリア、正面がイタリア山庭園の洋館部分です。

カフェには、気候のいい季節であれば居心地抜群のテラス席も用意されています。

 

外交官の家

明治政府の外交官・内田定槌(さだつち)さんの家として渋谷に建てられ、平成9年(1997年)、内田さんのお孫さんからの寄贈を受けた横浜市がイタリア山庭園に移築・復元しました。

現在は、横浜山手の西洋館の中では唯一、国の重要文化財に指定されています。

歴史的な価値のある建築物(旧・内田邸)は個人での保存が難しく、そのままだと全館取り壊してしまうよりほかなかったところ、横浜市への寄贈という形で元の家屋の一部、和洋が半々に作られた家屋の洋館部分が保存されることになり、横浜山手において「外交官の家」として第二の人生をスタートさせました。

設計者は、立教大学校の校舎を建設し、後に立教の校長を務めたジェームズ.M.ガーディナーさんです。

このままではダム湖に沈んでしまうよりほかなかったという、白川郷の合掌造り・旧矢箆原家住宅(国指定重要文化財)が三渓園に移築復元されたのと、どこか似た話ですね。

さて、そんな「外交官の家」。

一階部分は、外交官・内田定槌さんの実務仕様の雰囲気に満ちた空間です。

傍に備えられているのは、見た目暖炉に見えますが、ガスストーブだったようです。

横は小客間、その隣が大客間。

食堂と大客間の間の奥にある小客間の外側には、サンルームも備えられています。

窓の下が開閉でき、換気に使えるようになっているのが分かりますが、「内田邸」時代、サンルームは家の外だと判断されていたようです。

二階に上がると書斎や寝室、浴室など、旧内田家のプライベート空間となります。一階部分と二階部分では雰囲気が違いますが、一階では公、二階・三階では私がベースにされています。

内田定槌さんの書斎。

夫妻の寝室。

お風呂も、当時のものとしては結構豪華です。

「外交官の家」三階は、内田邸時代、トランクルームとして使われていたようです。

二階の書斎前にある扉の向こうに作られた階段を上って三階へ上ると、「トランクルーム」と呼ぶには結構贅沢な空間が広がっています。

右側にあるコーンが置かれた一帯は、内田定槌さんの服を入れたトランクを下すためのスペースで、奥に衣装ケースが置かれています。

衣装トランクはかなりの大きさです。

当時の海外への旅は船旅だったので、どうしてもそれなりの時間がかかります。外交官の職務を全うするためには、衣料品の量的な備えが必須だったのでしょう。

左側に作られた部屋がサンルームの三階部分にあたる部屋で、ここからの景観は抜群です。

外交官の家は、完全解体を避けて保存するため、渋谷から横浜に移築されました。

なので残念ながら、かつて内田邸だった時代にここから見えた風景と今臨める風景は、同じものではありません。

ですが、「外交官の家」として第二の人生を送る環境として、違和感のない相性の良さがあるのではないでしょうか、なんてことを思わされました。

外交官の家前の、イタリア風庭園側から。

 

 

ブラフ18番館

外交官の家のすぐ隣には、ブラフ18番館があります。

双方のスペースを簡単に行き来する際、それぞれの庭園間に高低差があること、それぞれが別に門を持っていることなどから、ちょっとした別空間感があるのも魅力であり、特徴です。

山手本通り側入り口からイタリア山庭園に入った場合、一番奥に位置する大丸谷坂側の門は、ブラフ18番館の真裏あたりに位置しています。

坂道沿いにあるこの門をくぐって、ブラフ18番館へ。

ブラフ18番館周りは、秋になると紅葉が楽しめます。落ち葉の絨毯と(あえて落ち葉を掃除せず、この風景を作るために残しているようです)、

紅葉シーズン真っ只中のメタセコイヤ並木。

新緑の季節を経て紅葉の季節が始まるまでの間であれば、空の青さと緑の眩しさのコントラストが魅力です。

ブラフ18番館前の庭園から、ベイブリッジ方面を臨む風景です。

かつて外国人居留地だった頃、”The bluff”あるいは”Yamate bluff”などと呼ばれていたのが現在の山手地区ですが、”ブラフ(切り立った崖)”の18番地(旧番地)に建つのが、ブラフ18番館です。

関東大震災後にオーストラリア人貿易商V・R・バウデンさんの住宅として始まり、戦後はカトリック山手教会の司祭館として使用されました。

司祭館としては1991年(平成3年)まで使用されているので、開港以来の横浜山手の歴史の中で考えるのであれば、つい最近まで司祭館だったという西洋館がブラフ18番館です。

イタリア山庭園での一般公開は、司祭館としての役割を終えた二年後、1993年(平成5年)より始まっています。

館内には暖炉があるのですが、この暖炉は隣り合う部屋で同じ位置に作られています。

奥がサンルーム。サンルームは、山手の西洋館にほぼ共通して作られている空間です。

サンルームからは前の庭園が臨めます。

室内にあるのは100年前のピアノ。

今でも定期的に調律されていて、きちんと弾ける状態になっています。

ブラフ18番館、二階から。

西洋館の窓は、基本的に今でも開閉可能であるものが多いですが、ブラフ18番館もそのご多分に漏れていません。

 

 

アクセス

開館情報

施設名 開館時間/休館日 入場料
外交官の家 9:30~17:00(7月・8月のみ~18:00)
毎月第2水曜日/年末年始(12月29日~1月3日)休館
無料
ブラフ18番館 9:30~17:00(7月・8月のみ~18:00)
毎月第4水曜日/年末年始(12月29日~1月3日)休館
無料

 

アクセス

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