【街歩きと横浜史】象の鼻パーク

開港広場一帯

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【街歩きと横浜史】象の鼻パーク

「象の鼻」、由来と周辺環境

象の鼻パークは、開港広場からすぐのところ、日本大通りを海に向かってまっすぐ歩いた時の突き当たりに位置する一帯です。

「象の鼻」という個性的なネーミングの由来は、「開港の最初期に、強風による高波を防ぐために造られた防波堤が、象の鼻のように見えた」ことにあります。

青い象さんの向こう側が横浜港発祥の地にあたることから、一帯は開港波止場と呼ばれています。

写真奥に位置する高架は、赤レンガパーク手前と山下公園の間に通された廃線跡の遊歩道です。かつてその路線が”山下臨港線”と呼ばれていたことから山下臨港線プロムナードと名づけられています。

プロムナードの向こう側は、観光遊覧船の乗り降り口=ピア象の鼻です。

ピア象の鼻内には、小型の観光船が色々停泊していますが、

そのスペースの向こう(象の鼻防波堤の外側)では、横浜港を船籍港(母港)とする日本最大の客船・飛鳥Ⅱが、大さん橋にしばしば停泊しています。

現在のピア象の鼻とその周辺は、大小さまざまな観光船の一大集結点となっているということで、交易か観光かという違いはあっても、開港以来の港として栄えている一帯が象の鼻エリアです。

そんな点から、山手地区とはまた違った意味で、とても「横浜っぽい」魅力にあふれた一帯です。

命名の由来となった「象の鼻」防波堤のはるか先には、みなとみらいエリアの高層ビル群、

すぐ隣には大さん橋、

開港波止場方面、ピア象の鼻と観光船、

向かって右手には、ピア象の鼻内に停泊している観光船と、クイーンの塔こと横浜税関が、

それぞれ望めます。

 

象の鼻の歴史

象の鼻の「象の鼻」部分は、かつてイギリス波止場と呼ばれた「東波止場」側の防波堤にあたりますが、イギリス波止場=東波止場のすぐ隣には、現在の横浜税関側に、税関波止場=日本波止場と呼ばれた西波止場が作られていました。

東波止場と西波止場、またはイギリス波止場と日本波止場(税関波止場)の二本の波止場から貿易港・横浜はスタートしますが、程なく現在山下公園がある地に三本目の波止場であるフランス波止場と呼ばれた波止場が作られ、さらにフランス波止場に続く四本目の波止場として、現在の大さん橋の原型となった、メリケン波止場と呼ばれた波止場が作られます。

東西の波止場造成の後、幕末に増設されたフランス波止場は、のちに関東大震災からの復興事業の一環で山下公園へと姿を変えますが、そんなこんなで現在の元町・中華街ー日本大通りエリアの海沿いは、当初は貿易商や港湾関係者のための交易エリアとして機能していました。

これらの波止場で行われていた交易が活況を呈すことにより、さらなる施設の拡張を迫るようになっていきますが、その際に造られたのが新港ふ頭と赤レンガ倉庫です。

ということで、象の鼻パークの向こう岸には、赤レンガ倉庫が見えています。

高度成長期あたりまでの象の鼻は、まだ交易港の色も濃かったようですが、開港150周年を記念して象の鼻パークが整備されると、以降は観光に特化された港として現在に至ります。

 

象の鼻パーク・夜景

別記事に分離しました。

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開港波止場と開港の丘

山下公園と赤レンガパークの間に位置しているのが象の鼻ですが、双方のスポットをつなぐ形で整備されているのが山下臨港線プロムナードです。象の鼻パーク内、開港の丘と呼ばれている芝生が敷き詰められた一帯の上部から、プロムナードが始まっています。

「開港の丘」は、赤レンガ倉庫と、

クイーンの塔・横浜税関の間に位置しています。

開港の丘に隣接する開港波止場は、ピア象の鼻をはじめ、現在も多くの観光船の発着場となっています。付近の水上交通は未だに活発なので、タイミング次第では、開港の丘から停泊中の観光船”ロイヤルウイング”や、水上を走る水陸両用観光バス”スカイダック”の様子を眺めることも出来ます。

 

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