【横浜山手の公園】山手公園

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【横浜山手の公園】山手公園

about 山手公園

公園設置へのいきさつ

1870年=明治3年に日本初の洋式公園として作られ、日本で初めてテニスがプレイされた公園が山手公園です。

ちなみに、ここでいう洋式公園とは洋式「公共庭園」の意で、運動が出来る洋式公園としては、1868年に造られた神戸の東遊園地(公式サイト)が日本初だと言われています。

山手公園が作られたきっかけは、例えば生麦事件(1862年発生)が象徴するような、外国人居留民にとっての当時の日本国内の不安定な政情にありました。

日本国内での「憩いの場」創出は、彼ら外国人居留民にとっての死活問題であり、かつ悲願でもあったのですが、明治3年、妙香寺の敷地の一部を利用(借地)し、彼らの出費によるという形での公園設置が実現します。

外国人側に「パブリックガーデン」、日本人側に「山手公園」と呼ばれた外国人専用の公園は、明治11年、日本初のテニスコートが作られ、テニスがプレイ出来る公園となった後、関東大震災後の1929年(昭和4年)より一般開放され、日本人も使用できる公園となりました(参考:文化遺産オンライン『山手公園』、文化庁『国指定文化財等データベース・山手公園』)。

近年では、2004年3月には国の名勝に指定され、2009年2月には横浜公園、根岸森林公園と共に”旧居留地を源として各地に普及した近代娯楽産業発展の歩みを物語る”近代化産業遺産の認定(近代化産業遺産群・続33(ストーリー19、P66~68)を受けました

現在は6面のテニスコートが設置されている他、芝生スペースや記念館などが設置されていて、誰でもくつろげる公園となっています(駐車場あり、20台駐車可)。

 

“彼我公園”との比較

ほぼ同時期(1875年)に作られた横浜公園との違いは、横浜公園が「彼我公園」と呼ばれ、日本人・外国人共用の公園とされたことに対して、山手公園は外国人居留民専用の公園として造られた点にあります。

好対照な双方の公園の性格の違いですが、理由はやはりかつての立地によっています。

そもそも彼我公園は”開港場近く“に作られた遊郭(港崎-みよざき-遊郭)跡地の公園であったため、従来より日本と海外の歩み寄り的な含みが持たされた地であったとも言えます。

そんなところから、彼我公園が日本人・外国人共用の公園とされたことにも自然といえば自然な流れがありました。

一方、当時の日本の社会情勢下にあって、”外国人居留地内”に作られた山手公園に何が求められたのかといえば、一にも二にも外国人居留民にとっての安全と、憩いの場であることです。であれば、そこが外国人居留民専用公園とされたことにしてもまた、無理からぬところではあったでしょう。

ということで、山手公園の門戸が日本人にも開かれることになるまでには、明治3年の開園(1870年)から半世紀以上の時間を要する(1929年=昭和4年)ことになりました。

 

山手公園へ

公園坂から上ってきた場合、あるいは山手本通りから下ってきた場合の、山手公園の入り口付近です。

入り口付近には、

「日本庭球発祥の地」が置かれていて、すぐ傍にはテニスコートへの入り口があります。

現在は、誰でも気軽にテニスを楽しむことが出来ます(要・使用料)。

 

横浜山手・テニス発祥記念館

入り口を入ってまっすぐ進むと、

道沿い右手にあるのが、横浜山手・テニス発祥記念館です。

旧山手68番館への途上、

緑やテニスコートに囲まれる形で作られた”記念館”は、

1876年(明治9年)、山手公園に作られた2面のテニスコートにおいて日本で初めてテニスがプレイされたことを記念し、1998年(平成10年)10月にオープンしました。

上皇・上皇后両陛下や今上天皇陛下、さらに秋篠宮殿下夫妻も、山手のテニスコートでプレイをされたことがあるようです(テニス発祥記念館内の展示より)。

 

 

旧山手68番館、山手公園設立120周年記念の碑

さらに直進したところにおかれているのが、山手公園設立120周年記念の碑です。

旧山手68番館は、石碑の向かい、左奥方向にある西洋館です。1934年=昭和9年に建てられた外国人向けの貸家が、1986年=昭和61年に山手公園に移築されました。

現在は、テニスのクラブハウス兼事務所として使用されています。

毎年秋のハロウィンや冬のクリスマスでは、旧山手68番館は他西洋館と共に飾りつけされ、訪問者を楽しませています。

 

公園内の様子

入り口から始まるテニスコートエリアの横、

特に新緑の季節は公園が緑の中にあるといった感じの状態で、

テニスコートが作られていない部分には、芝生の広場や東屋も用意されています。

芝生エリアの横、「テニス発祥記念館」の裏手にはテニスコートがあるのですが、

テニスコートの入り口付近には国指定名勝の碑が置かれ、テニスコートの向こうにはかすかにテニス発祥記念館が見えていますが、

すぐ真横には、東屋がアクセントになっている芝生の公園があります。

公園を出て山手本通り方面へ進むこともできますが、

本牧通り方面にある桜道傍や、ビヤザケ通り箕輪坂方面に向かう公園坂方向にも、出口は用意されています。

 

アクセス

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