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神奈川県庁本庁舎(日本大通り駅最寄り、象の鼻エリア傍)

みなと横浜はじまりの地

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神奈川県庁本庁舎(日本大通り駅最寄り、象の鼻エリア傍)

横浜三塔と神奈川県庁

神奈川県庁本庁舎(公式サイト)は、横浜税関公式サイト)、横浜市開港記念会館(公式サイト)と並んで”横浜三塔”の一塔に数えられています。

三塔はそれぞれキング(=神奈川県庁本庁舎)、クイーン(=横浜税関)、ジャック(=横浜市開港記念会館)とも呼ばれていますが、いずれも外国人船員がそれぞれの建物をトランプのカードに見立てて呼んだことが通称名の由来だといわれています(参考:神奈川県公式サイト “横浜三塔物語“)。

“横浜三塔”は全て関東大震災後に新たに作られたか、あるいは復元されて今にいたっています。

竣工年は神奈川県庁本庁舎が1928年=昭和3年、横浜税関が1934年=昭和9年、横浜市開港記念会館が1917年=大正6年で、いずれも関東大震災発生(1923年=大正12年)に前後して作られました。

前二者は震災からの復興事業の一環として、開港記念会館は震災後に全面復旧に近い形で再建されています。

 

神奈川県庁本庁舎

about 神奈川県庁

現在の神奈川県庁は、慶応4年(1868年)3月、幕府の神奈川奉行所を引き継ぐ形で設置された横浜裁判所をその起源とします。

県庁の前身である横浜裁判所は、日本大通り地区の歴史を一変させた慶応2年=1866年の大火の翌年、慶応3年(1867年)に建てられた横浜役所(神奈川奉行所の機関です)に設置されました。

ということで、現在横浜地方検察庁と横浜地方裁判所がある区画に建てられた(横浜裁判所が入居していた)建物が、初代の神奈川県庁に該当します。

残念ながら初代県庁は明治15年(1882年)の火災で焼失してしまったため、神奈川運上所が横浜税関となった10年後(明治16年=1883年)、神奈川県庁が横浜税関の敷地と建物を譲り受ける形で、現在地において新・神奈川県庁(二代目庁舎)となりました。

現在の神奈川県庁の敷地内には、元々は横浜税関の前身である神奈川運上所が置かれていたのだということで、”神奈川運上所跡“の碑が置かれています。

その後、先代の県庁舎(旧・横浜税関の建物)を取り壊して作られた新庁舎(三代目庁舎)が大正2年(1913年)に竣工しますが、そのわずか10年後(大正12年=1923年)には関東大震災に被災し、取り壊されます(歴史展示室の写真より)。

現在の神奈川県庁本庁舎は震災後の復興事業で作られた庁舎で、四代目の県庁舎にあたります。

国旗や神奈川県旗が半旗になっているのは撮影日が3月11日(東日本大震災発生日)だったためですが、神奈川県庁本庁舎は、展望スペースや歴史展示室など、平常時も解放されている一部以外について、日時限定で内部が一般公開されます(参考:神奈川県庁本庁舎・一般公開見学(2015年GW))。

(参考:県庁の変遷について、歴史展示室の資料より)

 

本庁舎・歴史展示室(6階)

展望フロアにあたる6階では、エレベーターを降りてすぐのところ左手に、歴史展示室が設置されています。

部屋一面の壁には神奈川県庁の歴代庁舎や関内地区の歴史的建造物、さらには他府県のレトロ庁舎の写真や簡易解説などが展示されているのですが、

室内に入ってすぐの床に”関内地区の歴史的建造物マップ”が描かれている様子は、中々目を引きます。

 

本庁舎・屋上展望エリア(6階)

展望台フロアに着くと、エレベーターの正面に展望台エリアへの入り口があります。

屋上に出ると、つい最近修復工事が行われた本庁舎の”塔”の部分が間近に見える他、

かつて現・県庁本庁舎の軒先部分に使われていた”ライト様式のテラコッタ”が展示されていて、

景観については、開港資料館開港広場公園方向、

大さん橋方向(ここに小さな展望台が設置されています)、

“クイーンの塔”横浜税関赤レンガ倉庫方向、

元浜町通りの向こうに見える旧・生糸検査所(現・横浜第二地方合同庁舎)、

すぐ隣にある神奈川県庁新庁舎

交差点のはす向かいに位置する横浜開港記念会館など、視界が360度に開けています。

平日日中に観光出来る場合、神奈川県庁6Fは、日本大通りエリアのおすすめ隠れスポットの一つです。

 

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