【街歩きと横浜史】赤レンガパークと今昔の横浜

新港地区

この記事を読むのに必要な時間は約 2 分50秒です。

【街歩きと横浜史】赤レンガパークと今昔の横浜

赤レンガパークと赤レンガ倉庫

赤レンガパーク

赤レンガパークは、赤レンガ倉庫(二号館)のすぐ隣に位置する緑地広場で、

緑地の中から大さん橋やベイブリッジが望めることが、売りの一つとなっている公園です(参考:横浜市公式サイト赤レンガパーク“)。

赤レンガパークの手前に位置する新港中央広場から進むと、

よりその魅力はハッキリ伝わりますが、

観光資源として第二の人生が用意された、元・保税倉庫(税関手続き待ちの商品を保管するための倉庫)である赤レンガ倉庫同様、赤レンガパークにもかつての姿が遺されています。

地面に施された線路のような加工は、保税倉庫としての赤レンガ倉庫在りし日に、ここに鉄道が通されていたことに由来しています(後述)。

 

旧税関事務所遺構

赤レンガ倉庫二号館(公式サイト。みなとみらい側=北側にある、大きい方の倉庫です)のすぐ北隣にあるのは、かつてこの場所にあった税関事務所の遺構です。

「かつてこの場所にあった」とは、

残念ながら、かつての税関事務所は、関東大震災被災によって”遺構”となってしまったんですね。

在りし日の姿は現地の案内板にプリントされていますが、赤レンガ倉庫に勝るとも劣らない威容を備えていたようです。

例えば日本大通りに作られた慰霊碑、石川町駅傍から始まる大丸谷坂沿いに作られた震災地蔵尊、元町公園内・エリスマン邸裏に遺された山手80番館遺構等々、関東大震災被災の規模は横浜の中心部で現在もしばしば確認することが出来るのですが、旧税関事務所もそのことを現在に伝える施設のうちの一つです。

地震発生(1923年=大正12年9月1日)から約100年が経過した現在は、ロケーションに恵まれた緑地内にあって、どこか人工のオブジェのようなアクセントとなっています。

遺構の向こうには大さん橋や停泊中の客船、ベイブリッジ等が視界に入り、

背後には、みなとみらい地区の高層ビル群がそびえています。

 

旧横浜港駅プラットフォーム

赤レンガパークもう一つのポイントとしては、「旧税関事務所遺構」の説明板の向こう側、

赤レンガパークの北西の端にその姿が見えている「島式ホームのような何か」です。

新港中央広場方向から延々と、

線路のようなものが伸びているのがわかりますが、

これも「かつて」の姿を現在の赤レンガパークに伝えるものです。

「線路のようなもの」はかつて本当に線路が通されていたことの名残り、「島式ホームのようなもの」は、かつてここに本当に鉄道駅があったことの名残りですが、かつて線路の先には「横浜港(よこはまみなと)駅」という、実在の駅が置かれていました。

横浜港駅は、東京駅から繋がる汽船連絡列車の終着駅として機能していて、

連絡列車は、東京駅ー横浜港駅を約40分で結んでいたようです。

赤れんがで作られた倉庫の隣に豪華な税関事務所があり、そのすぐ隣には都心から船着き場への連絡列車の駅が作られていたというのが、かつての新港ふ頭の姿だったわけですが、時はあたかもかつて国是としていた富国強兵が実現しつつあった、殖産興業の成果華やかなりし時代です。

横浜港駅の開業は、国が強くなり富んだ証だったとも捉えられたところでしょう。

横浜港駅在りし日の横浜がどの位眩しい開港都市だったのか、想像に難くない気もしますが、

当時の横浜は現在もなお、かつてとは違った形で残されています。

 

アクセス

あかいくつ号に”赤レンガ倉庫・マリン&ウォーク”バス停(往路)、”赤レンガ倉庫前”バス停(復路)が、ベイサイドブルー(横浜駅行き)に赤レンガ倉庫前バス停がある他、みなとみらい線・日本大通り駅からも馬車道駅からも徒歩圏内です。

タイトルとURLをコピーしました