横浜街歩き

【横浜街歩き/日本大通りエリア】横浜スタジアム

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【横浜街歩き/日本大通りエリア】横浜スタジアム

ベイスターズのホーム球場であるということの他、保土ヶ谷球場と並んで神奈川県高校野球の聖地でもあるので、横浜市のというよりは神奈川県下の野球好きであれば、一度は訪れたことがあるだろうスポットです。

メインとなる野球の試合での利用の他、元々横浜スタジアムは多目的スタジアムとして造られているので、コンサート会場やイベント会場、他スポーツのための会場としても使われています。

 

クリケット場から横浜公園球場、横浜スタジアムへ

横浜スタジアムは、横浜公園の中にある野球場です。

野球場としては、横浜大洋ホエールズ、横浜ベイスターズ改め、横浜DeNAベイスターズのホーム球場ですね。

横浜公園の歴史については前回まとめましたが、横浜スタジアムのルーツは、横浜公園のルーツである彼我公園内に作られた、クリケット場にあります。

クリケットって、あまり日本社会にはなじみのないスポーツですが、英国発祥で競技人口的には世界二位、オーストラリア、インド、南アフリカ、西インド諸島などの英連邦諸国で主に親しまれているようです。

良く知られている部分は野球との類似性で、かなりというか結構似ています。

ルールが違えばグラウンドも違うので、例えとしては怪しい部分もあるかもしれませんが、一見したところ、サッカーとフットサルの関係に近いように見えなくもありません。

野球=サッカー、クリケット=フットサルみたいな感じですね。

しばしば野球の原型がクリケットみたいに言われたりもしますが、一説によるとクリケットの起源は13世紀にあるとのことで、野球のみならず、同じ欧州発祥のサッカーやラグビーに比べても圧倒的に長い歴史を誇ります。

ちなみに、サッカーとラグビーは18世紀、野球は19世紀に起源があるといわれています。野球はアメリカ、サッカー、ラグビーは共にイングランド発祥です。

なので、クリケットがアメリカに渡った時にそれがベースボールになったのだという捉え方自体は、的を射ているのかもしれません。

そんなところから、まずは開港期、諸般の事情からここに公園が作られた時に、クリケットが出来るグラウンドとして整備されました。

このクリケット場が、関東大震災後の復興事業(昭和4年=1929年、横浜公園球場の完成)、1970年代後半の大改修(昭和53年=1978年、横浜スタジアムのこけら落とし)、さらにこの春(令和2年=2020年春)完成した観客席の増設を経る形で、徐々に現在の形に近づいていきます。

クリケット場時代には、居留民同士がスポーツ(クリケット、ラグビー、サッカー等々)を楽しむ傍らで日本初の野球の試合やラグビーの試合などが行われ、関東大震災後に作られた横浜公園球場では、ベーブルースやルーゲーリックなどもプレイしました。

第二次世界大戦後、中区の大半がGHQに接収された時期には、横浜公園球場はゲーリック球場と名を変え、日本初の夜間照明付きグラウンドとなった後、日本初のナイトゲームが行われた球場ともなりました。

戦後日本にとって激動期の節目となった主権回復(昭和26年=1951年)、その4年後(昭和30年=1955年)には、ゲーリック球場は横浜公園平和野球場と再び名を変えます。

昭和40年代に入ると、「横浜公園平和野球場」の老朽化が言われるようになり、結果的にはこの流れが横浜スタジアムを生み出すこととなるのですが、「横浜スタジアム」建設にあたっては、主に予算を巡る部分で実現不可を予感させるような展開もあったようです。

そのために設立されたのが「株式会社横浜スタジアム」という横浜スタジアムの運営会社だったのですが、2011年のDeNAによる球団買収後、2016年に球団経営と球場経営が一体化することによって、長らくの「別運営」状態が解消されました。

横浜公園にとっての「戦後」の終わりであり、かつ都市計画の一つの節目になった出来事だといえるでしょう。

今回の大改修が実現したのも一重に別運営状態解消の賜物なのですが、買収後のベイスターズの躍進とも併せて、DeNA様様みたいな部分があったりします。

参考:横浜スタジアム公式サイト内「横浜スタジアムの歴史」他

 

現在の横浜スタジアム

今回のウイング席増設の大工事が終わった後、スタジアムの周りがぐるっと歩いて回れるようになっていました。

上り口はいくつかあるのですが、この交差点付近にある上り口から上ると・・・

横浜公園の、日本大通り側が見えます。

球場入り口とつながるフロアが球場外に新たに増築され、球場を取り囲むように一つにつながったという、これは本当便利になったと思います。

これがないと、入り口を間違えたとき、下手すると上って降りて、上って降りてになってしまうんです。

グレーのコンクリ敷きみたいになっている通路が、新設された部分ですが、奥の方に「これまでにもあった部分」とのつなぎ目が見えています。

このスペースにあらためて何かが出来るのか、それともここに壁が作られるのを待っているだけなのか、その辺はわかりませんが、暫定的に作られたっぽい壁にも遊び心が現れているあたり、かなり好感度高いです。

些細なところなんですが一事が万事というか、こういうところを投げっぱなしにしないあたりに、人気球団を作り上げたDeNAの球団経営の全てが出ているような気がします。

白い壁一面に張られた「ボールパークの歴史」。

新設された部分と従来からあった部分の違いが、わりとハッキリ分かります。ちなみに茶色のレンガ敷きみたいになっている部分は、従来よりあった部分です。

既視感のあるエリアへ。左手が中華街方面で、通路自体は関内駅ー石川町駅間の、根岸線の高架がある方に向かっています。

この通路上には、ベイスターズグッズのお店があります。左側にある、ガラス張りの入り口を持つスペースがそうです。

入っていきなり、ホームユニフォーム。

ロッカールームっぽい売り場。壁には選手のサインが書かれています。

ランドマークのお店もかなり雰囲気がありますが、球場がすぐ隣にある分、臨場感も加味されています。

外見は一見飾りっ気のないようにも見えますが、中が中なだけに、そのことによって逆におしゃれっぽい店構えに見えたりもします。

この辺りの雰囲気は、割とかねてよりのお馴染み。

JR関内駅側の出入り口です。

関内駅からの場合、一番近い入り口です。

関内駅方面に出る場合は左(直進)、その隣に、右方向への新設された通路があります。

左横が市役所方面で、進行方向は日本大通り方面です。

関内駅前の交差点が、通路から見えます。

ぐるっと一周周って

スタート地点、市役所前の交差点傍まで。

 

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