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【国内小旅行/秋の妙高安曇野ドライブ旅 その9】秋の安曇野サイクリング
朝の安曇野
朝はホテルのバイキングから。
夏に泊まった弥彦のみのや、秋の初めに泊まった箱根レイクホテルでは、朝食のバイキング形式はほぼ休止状態でした。
とはいえ、Go Toが始まってしばらくたち、ホテル側としても要領を得て来た部分もボチボチ出てきたからだということなのか、バイキング形式が戻ってきているホテルもあるようです。
ということで、前日泊まった休暇村妙高でもバイキング形式の朝食を楽しむことが出来ましたが、安曇野の穂高ビューホテルでも、朝食バイキングを楽しむことが出来ました。
そもそも館内で部屋以外のスペースに出るときはマスク必須、バイキング形式が戻ったところで宿泊客同士の距離は保たれている上、バイキング形式の食事時はビニールの手袋を着用した上で回るので、これといった不安要素はなく、その意味でも快適な朝食が楽しめました。
「その意味でも」というのは、「食事以前の部分でも」の意味ですが、それでは肝心のバイキングの中身自体がどうだったかといえば、和洋の定番メニューがこれでもかとばかりに豊富に取り揃えてある他、中心となるのは郷土料理、土地のものです。
ホテルの朝のバイキングでは、大体腹八分を目安とすることが多いのですが、今回ばかりは満腹まで。中でも味噌汁、ポン酢で食べる温野菜、安曇野のわさびを使ったわさび丼、この辺は感動ものでした。トレーの上の食事は計3回ほど空になりましたが 笑、朝から感動するレベルで美味しく、文句なしでした。
穂高の駅前まで
さて、それでは穂高の駅前を目指そうかと、チェックアウト後に山を下って行った時でした。
最初は遠目に犬か、あるいはタヌキかキツネか、そんな感じにも見えたのですが、よくよく見てみると犬ではないらしい、サルか!
ということで、サルの大群が向かって左の畑から右の畑へと移動する形で、次々道路を横切って行きました。
柿かみかんか、オレンジ色で丸い果物を食べているサルやら、トウモロコシを持ったサルやら、全部で20~30頭位いましたかね。
道端で座り込んでいるサルは、どこかの畑から盗んできたのであろう、農作物を食べているサルです。
もたもたしているサルも何頭かいるにはいたのですが、道いっぱいに広がって食べていたのは、ものの10~20秒程度の出来事でした。割と一瞬でしたね。
中には、何を思ったか道をそのまま横切らずに道路を登ってくるサルも。
皮をむいて食べていたのがトウモロコシだったらしい、ということが判明した瞬間でもありました。
いつもいいもの食べて、毛づくろいもしっかりしているせいなのか、毛もツヤツヤです。動物園やペット屋さん、あるいは人里離れた山奥など、然るべきところにいるのであれば、さぞや人気者になれることでしょう。
ただこういう現場を見てしまうと「お前、何を当たり前のようにトウモロコシ食べてんだよ。それ食べちゃダメな奴だろ?」と、どうにも小憎らしさや空恐ろしさを感じますねというのが、率直なところ。
真横から見るとわかりやすいですが、頬袋(口の周りにある食物の貯蔵庫)もパンパンです。
安曇野からだと多少距離がありますが、温泉に入るサルが見れるのも、同じ長野の地獄谷。長野県は、サルにとってもかなり住みやすいところなんでしょう。
車だったからまだよかったですけど、これ自転車だったら人間がサルの集団に襲われていたかもしれませんし、単車だったらサルを跳ねた運転手が単車もろとも吹っ飛んじゃうなんてことも、あるかもしれませんね。
山道を走っていて、タヌキやキツネが一匹二匹ひょっこり出てくる分にはどこかほっこりしたりもしますが、畑荒らしと思しきサルの群れが20~30頭レベルで道路を占拠していると、中々に戦慄を覚えます。
最初こそ結構「おー! 猿の大群じゃん! すげーw動物園みたい!」といった感じになるんですが、割とすぐ我に返りました。
「えーと、それでこいつらは朝っぱらからみんなで揃って一体何をしているんだ?」「これが畑荒らしのサルか!」と。
結構でかい猿ばかりだったのですが、ここで思い出したのが前日に妙高で見た注意喚起でした。
猿の食害と言われてどんなレベルを想起するのかって、その辺はやっぱり野生のサルとの距離によって変わってくる部分があると思うんですよ。
常日頃からサルが隣にいるような環境で生活しているのであれば本当のところが割と正確にわかる、でもそうじゃ無ければ本当のところは中々理解しづらいといったように。
個人的には、精々5~6匹レベルのサル(人間でいうところの核家族単位の規模)が、たまに食いだめしに山から下りて来たりするのかな(時期によってはそれでも十分深刻な被害になるよね)、位に思っていたのですが、割ととんでもなかったですね。
一塊の群れだけでも軽くその数倍はいましたし、皆が皆結構がっつり行っていたようです。ほとんどのサルがなんかしら持っていたように見えましたからね。
仮に手持ちがなかったところで、頬袋の方はどうなの? って話です。
恐らくはたまにというよりは常習なのでしょう。毎日なのか、2~3日に一度レベルなのか、その辺はいまいちわかりませんが、こんなのほったらかしにしていたら農家は壊滅状態になっちゃうんじゃないでしょうか、なんてことは実感として伝わってきました。
ということで、人里に降りてくる野生のサルに餌を与えるのは止めましょう! もちろん私もそうします。
モンキードッグ政策にしろ、通常の駆除にしろ、被害が最小限で収まることを願ってやみません。
駅前発、サイクリングへ
ということで、その後、約一年ぶりに穂高の駅前まで。
懐かしいですね。そういえばこんな感じの駅でした、なんてことを一気に思い出します。
去年夏の、リゾートビューふるさと乗車がとても懐かしくなりますが、このホームで下車した後で、穂高神社まで歩いたんですよね。
穂高神社までの道すがらに見たサイクリング客の姿が忘れられず、「次に安曇野に行く時は絶対にサイクリング!」と心に決めていたわけですが、今回はそれを実現する機会に恵まれました。
穂高神社
最初の目的地だった、穂高神社。
御神木のすぐ隣には由緒書きがあります。
いただいた御朱印は、一冊目の御朱印帳ラストの御朱印となりました。
一年前の夏に弥彦神社でスタートした御朱印帳が、その約一年後の秋に穂高神社でクローズされるという。
間には鎌倉五山や箱根七福神の御朱印を挟んだりもしましたが、記念すべき一冊目の御朱印帳は、割と要所が信越づくしでした。
インスタでは「ラストは善光寺」とコメントしてしまったのですが、穂高神社だったんです。
穂高神社で印象的だったのは、ニワトリが放し飼いされていたこと。
しばらく「コケコッコー」言った後で、林の中に入って行きました。
石仏/本陣・等々力家
穂高神社参拝後、ここからがいよいよ本番ですということで回り始めたサイクリングコース。
「狙いと大体合ってる」という進み方は出来たのですが、残念ながら今回は「狙ったコースをそのまま周る」というサイクリングが出来なかったようです。
レンタサイクルのお店でいただいた地図があったり、現地にも所々に案内図があったりするので、
道をロストするにしても深刻なことになる前に軌道修正が可能なのですが、「これ、計画していた道と違うよね?」という、割と致命的なミスが何か所か出てしまいました。
なぜそれが分かったかと言えば、目当てにしていた石仏群を、かなり見落としてしまったんです。
「順路的にはこの辺りに石仏があるはずなんだけどなぁ」という場所、2~3か所あったのですが、今回のサイクリング前半で、唯一スマホに収めることが出来たのが「大黒天」でした。
まぁ、仕方ないですね。
ですが、残念だったのはこの事くらいでした。
江戸時代、松本藩主の本陣(大名や貴族のための宿泊施設)だったという等々力(とどりき)家の建物が残されていますが、ここはNHKの朝ドラ”おひさま”のロケ地にも選ばれたようです。
史跡巡りも観光地での大きな楽しみの一つですが、前半は一か所だったとはいえ、それをサイクリングで実現出来たというあたりには、とても満腹感がありました。
それはそれとして、安曇野では「安曇野の山を見ながら畑、田んぼ、緑の中を走ってみたい」というサイクリングが本命だったので、とにかくそれを狙います。
ありがたいことに、その時は割とすぐに訪れてくれました。
アルプス花街道/わさび街道
眼前に広がるそれっぽい風景の中、眺めのいい地点で丁度赤信号にあたったということで、ガードレールに足をかけて小休止。
さて、これからまっすぐ進もうか、それとも左に折れてみようか、なんていう逡巡と共に、ふと思いついてポケモンGOのアプリを立ち上げてみると、この交差点には「アルプス花街道」という名のジムが作られていました。
占拠していたのは確か赤チーム。僕は青チームですということで「ちょっと失礼!」とばかりに早速崩させてもらい、「花街道」にちなむ形で、キレイハナを置いてきました。
手前右側がキレイハナです。
時間を空けてチェックしてみると、後から(見た目的に)キレイハナに似つかわしいポケモンが続々集まってくれたことに気づきました。
ちなみにキレイハナはこのあと二日ほど安曇野に滞在した後、横浜に帰ってきました。お疲れ!
ここからゴール(穂高駅前のレンタルサイクル屋さん)までは、今回の自分の狙い的には、延々「大当たり」の道が続きます。
どこを走っても望み通りの道だらけという環境下、スマホナビを見る限りわかりやすい道ばかりだったので、とにかく走り回りました。
この日レンタルしたのは電動アシスト付き自転車。最初のひと蹴りをすると「すーっ!」という感じで心地よく前に進んでくれるんですが、漕ぐにも楽で、乗り心地・運転し心地も抜群でした。
この日レンタルした自転車店”しなの庵“の店員さんも「電動は楽だよー、こっちにした方がいいよ!」と進めてくれたのですが、レンタルサイクル借りる際には、電動アシストがおすすめです!
なんてことを思いながらひたすらペダルをこいだ道には、
「安曇野わさび街道」という名がついていました。
こういう道をただひたすらゆっくりサイクリングするのって、割と夢だったんですよね。
周りはわさび畑なのか、それとも水田なのか。いまいち見分けがつきませんでしたが、
田んぼもしくは畑に挟まれながら、山に向かって果てしなく続くように見える道。
この一帯、通れる道は大体サイクリングしました。
「水色の時」道祖神/「早春賦」歌碑/穂高川桜並木
サイクリングコースもぼちぼち佳境に入り、ぐるっと回りながら駅方面へ。
“わさび街道”にかかる橋の中央付近には、ワサビの絵が描かれたレリーフが埋め込まれています。
安曇野の街って、割といたるところに川が流れていたりするのですが、その川の水がことごとく綺麗なんです。
さすがわさびが取れるだけのことはありますねという感じなのですが、安曇野わさび街道の下に流れる川は、地図で見ると万水(よろずい)川のようです。
川を流れる草が浮いて見える上、橋の上からでも川底がはっきり見えます。脅威の透明度ですね。
その後、穂高川沿いのウォーキングコースへ。
「水色の時」道祖神。
安曇野の街には道祖神が割といたるところにあるのですが、穂高駅前の道祖神の由緒書きを読む分には、どうやら安曇野の街の守り神のようです。
「水色の時」に関しては、創作にちなんだ道祖神です。
「水色の時」以外にも男女が対になった石仏を幾つか見かけましたが、実際には割と街中いたるところにあるようです。
モデルは古事記や日本書紀、記紀=日本神話の世界のイザナギ・イザナミであるとのこと。
現在の安曇野の街中に、悠久の歴史を感じた瞬間でもありました。
さて、今回のサイクリングコース、ラストのチェックポイントとなったのは、早春賦の歌碑でした。
早春賦は安曇野一帯の早春の風景がモチーフとされた、戦前の唱歌です。
歌碑は穂高川沿いにありますが、写真左から順に歌詞、楽譜、由緒書きです。
この場所では、早春賦(オルゴール版・独唱版)のオルゴールを聴くことも出来ます。
早春賦の歌碑があるウォーキングコースは、桜並木のようです。
今回のサイクリングは紅葉の中を行くサイクリングでしたが、春先の風景は春先の風景で、これはまたたまらないものがあるでしょうね。
冬の向こうにある季節に思いを馳せつつ、今回のサイクリングは終了しました。
(エピローグへ)
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